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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

マンガ『治癒魔法の間違った使い方 第5~6巻』原作 くろかた 漫画 久我山レキ、角川コミックスエースを読書する男ふじき

学園都市編は6巻の頭で終了。
あーあーあーあー青いのう。
でも、この青さが清々しくてよし。
作品世界に合っている。

6巻後半はネクロマンサー編の出だし。
まだ、海の物とも、山の物とも。
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マンガ『魔術破りのリベンジ・マギア 全3巻』漫画 宮杜忽恭、原作 子子子子子子子、ホビージャパンコミックスを読書する男ふじき

主人公が女装した男子で探偵として女学園に潜入。
なのに「むふふ」な展開がほぼなし。いや、そこで買ったのに。

しかし、こう主人公に絡ませる女子に従順なメイド、貴族の実力者、ケモナー少女、などが用意されてるのは、組み合わせとしてありがちすぎてダレる。

捜査に入る前の1巻がピーク、捜査その物に面白さがなく、辿り着いた犯人の犯意があまり理解できない、いや、伝わって来ない。
主人公が男子ゆえのキリっとしたSっぽい振るまいと魔術を発動する際のマントラはかっこいい。

マンガ『あさひなぐ 第33巻』こざき亜衣、ビッグコミックスを読書する男ふじき

34巻が最終巻らしい。

すると、東島3年、大工原2年とかはボリューム的に描かれないのか。そらあ、残念だ。

八十村 vs 荻 の意外な結末
大倉 vs 木庭 の順当であっても気持ちの残る試合
野上 vs 吉里 の卑怯比べ

前座終了。満を持して東島 vs 島田 の大将戦で次巻。

今回引っかかったのは47頁。退場する荻と入場する木庭の小手のシーン。
なんて分かりづらい。1カット目は入場する木庭が下方向に歩いている。
小手のカット2カットを挟み、4カット目は退場する荻が下方向に歩いている。
中の小手のシーンがどちらがどちらにアクションを掛けたかが
上下のカットの方向を180度変えてしまった為に非常に分かりづらくなった。
じっくり考えれば分かる。でも、マンガのスピードで一時停止を命令されるとイライラしてしまう。

でも、マンガ全体は好きよ、ちくしょう。

マンガ『ボイラジ 全二巻』森繁拓真、MFコミックスフラッパーシリーズを読書する男ふじき

『となりの関くん』の森繁拓真の新作。
と言ってもコミックスの発売が2年くらい前である。
関くんでも横井さんがメチャクチャ可愛かったのと同じで、
『ボイラジ』も女の子が可愛い。
つか、このマンガは声優の女の子とファンの間の
もどかしい関係性を描くマンガなので、彼女が可愛い事は必須である。

彼女は見掛けじゃなくて挙動が可愛い。
とは言え、実際の女性が読んだら「ぶりっこ」とか言われるかもしれない。
もう何となく、心底から「天然なのにブリッコ」な女の子っていなそう。
いいんだ、いいんだ、彼女の可愛さは俺の心の中では燦然と輝いてるのだ。

キリのいい所で全二巻で止まったが、物語は途中のまま。打ち切りをくらったらしい。残念な事である。

マンガ『魔法? そんなことより筋肉だ! 全4巻』原作:どらねこ、マンガ:小野寺浩二、MFCを読書する男ふじき

原作小説はまだ続いているようだが、マンガは終わってしまった。

魔法の使えるファンタジー世界で、筋肉だけを鍛えて魔法のように駆使してしまう男、の失敗談や冒険談。と言いながらギャグまんが系なので人死にとかはほとんど出ない。2巻くらいまでがオモロイかな。

同行するエルフ娘とのラブコメチックな流れは悪くない。
小野寺浩二監督は外さない。

マンガ『MASTERグレープ 第5~8巻(完)』原作:土屋理弘、作画:高橋アキラ、ゲッサン少年サンデーコミックスペシャルを読書する男ふじき

気が付いたら終わってしまった。
5巻~7巻が武道大会に優勝するまで。
7巻の帯に「彗龍旗編完結!!」と書いてある。
おおっ、知らなかった。「彗龍旗編」だったのか
(「彗龍旗編」って言葉を見掛けた事がないぞ)。
ちなみに「彗龍旗編」は4巻のケツから7巻まで。
8巻は「真理(マサリ)編」と7巻の後書きに書いてある。
口無真理(クチナシマサリ)は、このマンガの中で
一番武道的にイカレた人間で、そこが魅力。
但し、8巻全てを請け負うかというとそうではなく、
「真理(マサリ)編」は8巻の前半、後半は「秀一編」となる。
この石榴秀一(セキリュウシュウイチ)はクチナシマサリとタメを張る
イカレたキャラクター。

クチナシマサリは最強だが、抑制できない男。
だが、そうは見えないが決められたルールは守る。
守れない時は我を忘れて狂っている時である。

セキリュウシュウイチも最強だが、武道が病気。
殺意を向ける者を無意識でも絶たずにはいられない。
そこに彼の意思はなく、彼は「武道」という
残留概念に操られて殺戮をしているにすぎない。
その彼を負かすのではなく、正しい武道に引き戻すまで。
いきなり幕を閉めたような終わり方だったが、納得はさせられた。
武道で打ち負かす終わり方ではなく、優しい主人公が
出会った病人を武道で治療する、
そういう意味では変わった終わり方かもしれない。

個人的には、何をやり出すか分からないクチナシマサリ編を
もうちょっと見ていたかった。
セキリュウシュウイチはやはりいきなり出てきたキャラだからか地味。
マサリはその点、要所要所がラテン系におかしくて良い。

マンガ『俺の姫靴を履いてくれ 全三巻』須河篤志、MFコミックスフラッパーを読書する男ふじき

帯のコピー「フェチあり靴職人とワケあり女子高生の足フェチ赤面ラブコメ」。

私は所謂、足フェチなのだが、この主人公には感情移入できない。
そして「ラブコメ」を定義しだすと難しくなるが、これは「ラブコメ」ではないと思う。

男の子の勃起を女の子が偶然見てしまったり、
女の子の脱いだ下着を男が凝視してる様を女の子が見てしまったり、
その前後で両者の視線の不自然さを打ち消すためバタバタしたり、
そんなバタ付いた空気に対して「コメディー」扱いしてほしいのだろうが、
その先にあるのは性欲を押さえられない男の孤独な悩みと言う
重いテーマがぶら下がっていのでうっかり笑えない。
そんなんで笑ったら「人非人」だ。

つーか無闇に主人公が勃起しすぎてないか?
それとも逆に自分がもう年でそんなに勃起しないというだけの事か?
矢鱈に勃起するのを主人公が恥じているが、
まあ確かに中学生かよというくらい勃起している。
でも生理現象だから恥じたりしなくても良い。
よく分からないのは主人公がただ「生足」を見るだけで勃起し、
そのフェチの細かい性癖や性向が何も語られない事だ。
全種類可能性向(オールラウンダー)か?
そうすると幼稚園や小学校近くには置いておけない。
生足の表情に興奮するのか? 
だが、そういう描写も際立ってはない。
つまり、彼の足フェチ性向は漏れてこない。
おそらく宙空(カラ)なのだ。そこまで設定されていない。
性癖・性向なしに無闇に発情する奴は私から言わせれば怖い。
ゴリラが発情しているような物である(ゴリラに失礼か)。

この主人公は足が好きではあるが、足フェチではない。
好みがない。
おそらく、それは作者が足フェチたろうとして
足フェチにはなれなかったからだろう。
あえて、主人公に好みがあるとするなら、
分かれた前妻の足、および、それに近い物であるに違いない。
それは「足フェチ」と言うより「病的執着」に近いと思う。
だから、軽い気持ちで読みづらい。

最終的に主人公はその「病的執着」の原因(前妻)を
乗り越える事で「(擬似)足フェチ」性向をちょっと脱する。
それはそれで良さげなのだが、
もう一つヒロインにもあまり気持ちが行かない。
ヒロインは所謂「うぶ女」、ちょっとした事ですぐ赤面する。
「性」に関する感情が頬に直結している。
そして、彼女はそんなキャラでしかない。
彼女の中で彼に対する「フェチに関する諸々(性癖は特殊だが、その性癖が靴作りに活かされている)」と「フェチと無関係な諸々(社会人として大人として付きあう対象として妥当)」の優先度が見えてこない。だから、何となくマンガのゴールが、彼女の感情の高ぶりを爆発させただけの仮に設定されたゴールのように見えてならない。

主人公の男が本当の足フェチ道に落ちた時(例えば、その足がありさえすればJKの彼女も含めて全て捨てるような足に出会ってしまったら)、JKの彼女はそれでも彼に執着するかどうかの回答がなされていない。彼女の彼に対する態度は職人や恩人に対する物なのか、恋人に向けての物なのか。

まあ、そういう話ではない、というだけの事かもしれないが(それは逆に言えば自分がそういう物語を欲していたり、そういう中にいるという事なのだろう)。残念だな、俺。

マンガ『あさひなぐ 第30~32巻』こざき亜衣、ビッグコミックスを読書する男ふじき

30巻 前半はIH個人戦。真春の失速。後半は指導教師同士の因縁対決3人しかいない出雲英豊戦の取っ掛かり。

31巻 どっぷり1巻使って出雲英豊戦。相手方副将・菊野の追い詰められる事により上がるアドレナリン出まくりの顔が怖くて美しい。最終的にこの巻で美味しいところを浚うのはその後の大将戦での主人公・東島だが。ただ出雲英豊戦は試合内容は良いとしても、指導教師同士の確執に対して最後にもう一言あっても良いと思った。

32巻 前半は沖縄戦だが、これは相手がやられに来てるようなもんだからそんなに注目に値しない。後半は決勝熊本戦。第一試合は戸井田×紺野。これは逆に主人公側のチームが消化試合として描かれる。これで戸井田はこの後、代表選にでも出ない限り、高校IHで無敵になるのではないか。第二試合は荻×八十島。規範のような荻と暴れん坊の八十島の対比が面白い。一つの競技で勝ち負けを争っているのに、こんなに視点が違うのかという面白さ。

マンガ『ものの歩 全五巻』池沢春人、ジャンプコミックスを読書する男ふじき

将棋漫画。
少年ジャンプに連載していた頃から面白く読んでいたが、古本屋で見掛けて一気に集中購入。
物語冒頭の主人公の高良信歩の超絶イケてなさが心に刺さる。彼はショートカット(近道・要領の良い)が病的に出来ない。そんな自分を好きになれずに責めて生きている。その彼に「将棋が向く」「将棋の盤面の上でなら」その生き方は間違いない。との福音が与えられる一話が感動的。だって、もう、こんなん自分でしかないわ。誰でも要領の悪い部分は持っているのだから、その拡大解釈が主人公高良信歩なのである。こんな主人公好きになるしかない。
二巻のプロゲーマー十歩との戦いでゲームをやってる間に二人の人生に対する資質が実は似ていて、それが将棋を指す事で分かりあっていくのもステキ。
将棋の指し方のバックボーンに人生を置くという手法、『三月のライオン』にも似ている。でも、少年マンガらしく、主人公と対局する敵、および、戦いの中で主人公が獲得する戦いからのギフトが、主人公を中心に直線で説明されていく図式は、漠然と将棋と人生の博覧会になりつつある『三月のライオン』よりも自分は好きだ。

かやね荘の住人達が信歩のいい兄や姉、もしくは、疎遠である父代わりなのだが、信歩のライバル達のアクが強いので、出番が少ない時はモブ扱い。ちょっと元から人数多かったと思う。

マンガ『ゴブリンスレイヤー 第1~3巻』作画 黒瀬浩介、原作 過牛くも、ビッグガンガンコミックスを読書する男ふじき

映画でも見た『ゴブリンスレイヤー』のマンガ版。
うおおもしれー。
古本屋で立ち読みして涙ぐんでしまった。

ゴブリンの悪辣さが悪辣すぎて逆にまぶしい。
これは人間の悪辣の全てを詰め込んだ悪役キャラ的概念。
一匹一匹にさしたる個性はないが、底に共通した絶望的な独善がある。
それに対するゴブリンスレイヤーも徹底てしていて実に良い。
善人ではない。狂わずにはこの世界を収められない。そういう存在だ。

その狂った主人公が、彼の成すべき事を誰にも認められなくとも成し遂げていく、その様が泣ける。そして、その彼が狂ったまま、少しずつ周りの人と境界線を溶かし合っていく様がたまらない。
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