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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『ゾンビーノ』川崎市アートセンター・アルテリオ映像館

ゾンビがペットとして飼われている世界での、ゾンビと少年の友情物語って設定が気が狂いそうなくらい、いかれていて、勿論、とてもナイスでイカシマクリ。

今まで観終わって、こんなに清々しい気持ちになったゾンビ映画はない。
エンドロールで「この映画ではゾンビを傷つけていません」とお決まりのテロップが出てるのも楽しい。

ゾンビ・ストリッパーズには全く魅かれないが、『ゾンビーノ』のタニー(女ゾンビ)だったら飼ってもいいくらい、愛情を感じる。
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『イーグル・アイ』ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘スクリーン5(ネタバレあり)

宇宙もモノリスも出てこないけど、これは、とっても分かりやすく作った『2001年宇宙の旅』ではないだろうか。主人公が元から一人前の男ではなかったため(半人前以下)、一人の人間として次の種に成長せず、やっとこさ、普通の人間に成り上がるところで終る。何か、そう考えると寂しい結末だなあ。

ああ、でもまあ、面白かった。満足満足。

『レッドクリフPART1』ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘スクリーン7

けっこう登場人物多いのに、わりと混乱もなくちゃんと観れるのは、元々の三国志の中で既にキャラが立ってるからなのか、ジョン・ウーの才覚のおかげなのか。そんな中で中村獅童は変な顔が際立って儲かってる。敵のそーそーさんが巨悪っぽさが欠けてて、あんまり良くない(役者のキャリアとかがわからん分、日本人の方が判断は正確だと思う)。

ジョン・ウーも最後の最後まで、ずーっと我慢して、やっと鳩を出せたので、PART2は箍がはずれて、全編75%くらいが鳩の飛行シーンなんじゃないかと思う。

エンディングは外人が歌う日本語で何だかよくない。

『ポケモン3Dアドベンチャー ミュウを探せ!』『ポケモン3Dアドベンチャー2 ピカチュウの海底大冒険』ワーナーマイカルシネマズ新百合ヶ丘スクリーン9

うおおおお、立体。
でも、完全3Dではなく2.5Dくらいかな。

奥行きはあるけど膨らみがない。
寿司に入っている緑色のバラン、あれが何段階かに渡って立って動いている状態。立体としては微妙だ。二つ合わせて30分程度の長さなので苦にはならない。でも立体以外は特に目新しい物もなし。

読書『それでもドキュメンタリーは嘘をつく』森達也、角川文庫

森達也の言わんとする
1.ドキュメンタリーには必ず製作者の意思が介在する。その意思によって、時に事実は操作されて描写される事もある。
2.ドキュメンタリーとドラマに明確な境はない。全ての映像がドキュメンタリーの要素を持つ。

製作者の本音としては分からなくもない。だけど、それでも、ドキュメンタリーとドラマを全くの同一物とする主張には、抵抗を感じる。森の理屈だと、『渡る世間は鬼ばかり』もドキュメンタリーである。それは一面、正しい。映される映像は、映像である事によって、その時代を意図せずとも写し取ってしまう。その人間を意図せずとも写し取ってしまう。だが、そんな事にこだわって、あれをドキュメンタリーと言い張る事に何の意味があるのか。ドキュメンタリーとドラマを分けるのは、その方が分かりやすいからに過ぎない。
例えば、白と黒の二色の間には無限大の数の灰色が存在する。純粋な白と黒以外、白や黒は存在しえない。じゃあ、白と黒は存在しないのか。そんな事はない。だいたいの白、だいたいの黒が存在する。その「だいたい」は人によってまちまちだ。でも、アベレージ(平均値)ぐらいはとれるだろう。それで判断する事に問題があるとは思えない。

まあ、適当でいいんだと思う。
森もその辺は分かってるんだろうけど、わざとぼかしてるんじゃないだろうか(ぼかさないと主張として弱い)。