- Date
- 2009/10/07/Wed 23:44
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1位という順位にこだわる訳ではなく、いい位置に立ってチヤホヤされたいという気持ちが強い。
つまり、プッチモニとかでブイブイ言わせてた頃の
市井紗耶香になってナニとかをしてみたい、って事かな。
ああ、又、下ネタだよ。しかも「1位」と「市井」がかかってる事も分かりづらいし。
- Date
- 2009/10/07/Wed 00:55
- Category
- 読書
帯に書かれている「『チーム・バチスタの栄光』は、この本を書くために生まれた!」というコピーは、おそらく間違いではないが、それよりも少しばかし知名度が低くなってしまうけど、「『螺鈿迷宮』こそが、この本を下地にして生まれた!」という方が、より正確であるに違いない。
で、青いペンキ缶の中で溺死させたバックスバニーの血と体液が練りこんで作られたブルーバックスなだけに、なかなか食えない一冊である。ああ、くだらないネタを言うだけの為に無駄に行を消費してしまった。大体、ブルーバックスなんて初めて読んだ。科学、数学などの理数系は苦手なのだ。で、苦手を無理して読んだのは、著者が「海堂尊」だったから。面白いです。工夫されてます。素人を飽きさせません。ただ、小説のキャラクター白鳥圭輔を狂言回しにして解説が進行するので、『チーム・バチスタの栄光』を読んでからの方がスムーズに楽しめます。理想で言うと、『チーム・バチスタの栄光』『螺鈿迷宮』『死因不明社会』の順に読むのがいいかな。三冊通して一気に読んで、『死因不明社会』読了後に、『チーム・バチスタの栄光』と『螺鈿迷宮』をパラパラめくって、もう一回確認するのがベスト。多分、小説と無関係にこの新書だけ読んでも、普通に読めるは読めるんで、これから読み出しても大丈夫だけど。
で、言ってる事はごもっともで、すこぶる正論。ただ、医者と一般の人々の間にはやはり溝があって、医者である著者が求めているほど、社会は死因を求めていないと思う。死因を求めてやまない方が正しい社会なのかもしれないが、今の社会では牙を抜かれちまったのか、市井の民の認識としては、そんなに死因は求められていない。あまり、究明しなくてはいけない程の事態に巡りあわないんじゃないかって点と、近しい者の死に巡りあうタイミングが一生に片手の指で数える程度にしかないので切迫した問題に思えない点、これが大きい。常時、死体とお付き合いしている医者とは感覚が違うのだ。
でもまあ、正論だから賛成です。反対するいわれがない。
ブルーバックス内で、虚構の世界の住人をガイドに迎えたのは初の試みである、と前書きに書いてある。さもありなん。まあ、普通、そんな事は考えんだろう。ただ、その気になればアトムとお茶の水博士で科学漫談、ブラックジャックで医学放談とか、やれる素地はあった。って事は、海堂尊の企画力を誉めるより、ブルーバックスの非企画力を責める方が正しいかも。だって、難しい学術を企画力によって手に取ってもらいやすい読物に仕上げるのが新書の企画力の筈だもの。ブルーバックスで手に取りたくなった過去はないなあ。
ブルーバックス自身のキャッチコピー「科学をあなたのポケットに」も、ポケットにブルーバックスを忍ばせるなら、在野科学の象徴テンガを忍ばせたいな、と思うもの。
と、偉そうな事を言ってますが、テンガ本物を手に取った事はありません(手に取らず、直接、装着した事もないよ、念のため、言っておくけど)。
【結論】
(1).海堂尊の小説ファンは、この新書も小説の番外編みたいな物だから、読まないとダメです。
(2).ブルーバックス、もうちょっといい意味で貪欲に下品になれ。
(3).テンガ手にとってみるかねえ。
「(3)」を結論にしちゃいかんか。