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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『愛と誠』を渋谷TOEI②で観て、アプローチかパロディーか…ふじき★★★

五つ星評価で【★★★凄いけど認めるべきか否か】

割と珍しいのかもしれないが、原作マンガを全部読んでる。
理由は貰い物のマンガが家にあったからだ。
マンガ暑っ苦しいけど、梶原一騎イズムが渦巻いてて普通に面白いっす。

で、そのマンガの忠実な映画化という意味では、全くの正反対に終わっている。
手法が違うと言うレベルではなく、原作のテーマその物を解体して
再構築する際にメタ化しながら、原作自身を大否定しているのだ。
だから、同じ話を摘まんで作っていながら、これはパロディーに近い映画だ。
だが、そのパロディー化手腕が普通の映画以上に面白いんだから
脱帽させられちゃうんである。全く三池って奴は。

大体、今、『愛と誠』を原作精神のまんまで映画にする事などできるだろうか?
それをやって何の意味があるのだろうか。
という事で、三池はやめてしまった。
梶原一騎在命中でなくてよかった。

ちなみに原作は梶原一騎のおセンチ全開の愛肯定物語だったが、
映画は事件に巻き込まれて誠意を尽くすも愛に裏切られ続ける愛否定物語と
私には見れた。

太賀誠の妻夫木くんは良くも悪くもない。
でも埋もれてないから充分だろう。
傷がでかすぎてザンボット3の三日月マークみたいだ。
原作ではピカレスクながら、我を貫き通すクールガイなのだが、
映画ではケンカの強い意思不明のボンクラだ。

そして早乙女愛、
わっはっは、武井咲馬鹿っぽくてええのう。
原作の清楚さや繊細さはどこにもない。
たぶん原作の早乙女愛はうんこをしないのだが、
武井咲は何をおいてもうんこをしそうだ。
いや、失礼、それくらい生身だ。
そして、生身で早乙女愛を演じるという事は、
バランスを取る為に何かを捨てるしかない。
そこで知性を捨ててしまった。
それじゃセリフは同じだけど全く別のキャラだろ。
まあいい。
恐ろしい事にその個性は映画の中では違和感がない。
武井咲が早乙女愛を飲み込んでしまったのだろう。

ビックリしたのは権太の扱いだ。
原作では、劇画調でありながら唯一人間の範疇を超える。
だから、類人猿の起用とかでも良かったと思うが、
類人猿ではあるが、伊原剛志だ。
あの『海猿』の嫌な奴が、ここではとことん馬鹿な高校生なのだ。
そして、演技と演出で強引に乗り切った。
この勇気というか蛮勇を高く評価したい。
『狼少年ケン』はこの映画の中でのベストソングだ。

その権太の敬愛する高原由紀。
限りなく薄いキャラになっちゃたのが不憫だ。
これは大野いとの芸能界での立位置がそうさせたのだろう。
まあ、そんな事もあるさ(とてもそんな気がする)。
それにしても『高校デビュー』したら、いきなり裏番かよ。

でも、権太と由紀は硫酸のシーンがなかったから、ボケたキャラになっちゃたな。
岩清水も唯一の見せ場、ナイフ逆歩きがなくなったので、
常に早乙女愛の周辺をうろつく変な男になってしまった。
これは、普通の演技もできる怪役者、斉藤工くんの
ねちっとした視線が原因かもしれんが。

と、一つ一つはなかなか楽しいんだけど、相変わらず長い。
三池の長さはテンポが平坦でラストスパートがないのだ。
だから、後半かなりだれてしまった。
原作の大きくなる話をかなり強引に切ったしね。

という事で、面白かったんだけど、多分『愛と誠』だから面白かったんじゃなく、
同じ手法で『明日のジョー』を撮っても面白かったんだと思うよ。


【銭】
映画ファン感謝デーで1000円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
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▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
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共通テーマ「花火は好きですか?」

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が分析されて放火魔が洗い出されるんだな、きっと。

  
恐るべし、ライブドア。

マンガ『月光条例 第十九巻』藤田和日郎、少年サンデーコミックスを読書する男ふじき

がんばれ月光

と思いつつも魔術で全てが解決してしまう戦いは
底が見えなくて面白みに欠ける。

話の進展が気になるから早く次の巻が読みたいなあ。