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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『寫眞館』『陽なたのアオシグレ』をシネリーブル池袋2で観て、こんないい短編アニメはプッシュだふじき★★★★,★★★★

以前『SHORT PEACE』の感想を書いた時、ケチョンケチョンにけなした。

論旨は「表現方法を目新しくするだけでなく、ちゃんとオチ付けや」。

短編アニメのオムニバスで、これでもかとオチがなかったんで怒った。
オチがないというより、情景だけで話になってなかった印象だった。
ただ、それはそれだけで対峙する物としてオチのある話の提示はしなかった。
今回、この二本立てはその回答みたいな二本立てだ。

うん、面白かった。
短編アニメの2本立てで1興行、1000円。
合計40分くらいで1000円はちょっと高いか。
60分なら1000円くらい、40分だったら体感的には800円くらいがいいな。



◆『寫眞館』
五つ星評価で【★★★★卓越なアニメート技術と抑制された渋い表現】

明治、大正、昭和を通した物語。
全編サイレンスである。
溢れ出る情感。物凄く真面目に作られている。
それでいて、とても自由。

あーっ、映像作品を筆では書ききれない。

見てください。見てほしい。

オチと言うか、どんでん返し的な物はないんだけど、
話は終わるべき時に、終わるべくして終わる。
気持ちがふっと軽くなる。


『陽なたのアオシグレ』
五つ星評価で【★★★★圧倒的な解放感】

可愛いっらしいったらありゃしない。
そして、空中を駆け巡る絶対的な気持ちいい演出。

ただ一つ難点を思い浮かべるなら、
これ小学生じゃなくって中学生でやるべきじゃないかな?



【銭】
通常料金1000円で鑑賞。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
《『寫眞館』/『陽なたのアオシグレ』》@ぴあ映画生活
▼関連記事。
陽なたのアオシグレ2回目@死屍累々映画日記

マンガ『銀の匙 第九巻』荒川弘、少年サンデーコミックスを読書する男ふじき

畜産あるあるをちょっとずつ覗かせながら
人付き合いやコミュニケーションに対する主人公の逡巡を
丁寧に描いた新巻。

盤石だ。
盤石すぎる。

背表紙の女の子がすげえミニスカートなのは
貞操の危機的にちょっとないんじゃないと思うけど、
まあ、それはマンガはサービス業だからなあ
(じゃ全裸でいいだろって……何事にも歯止めはいるんである)。

『清須会議』を109シネマズ木場1で観て、ゴーちゃんの大逆襲ふじき★★★★

五つ星評価で【★★★★ダメ出しする人もいるけど俺っちは充分面白かった。この差はどこからやって来たんだろう】

三谷がドバドバ、有名キャストを使い切った時代劇。

ともかくたくさんの登場人物が出てて、
役なりに美味しかったり、そうでなかったりがある。
俺っちは歴史とか、よう知らんから展開見てるだけで面白かったけど、
普通に歴史知ってる人はつまらんとか、そういう事なのかな?

チラシを見て、役者序列的には四枚看板のように打ち出してるけど
(役所広司、大泉洋、小日向文世、佐藤浩市)、
実際には二枚看板(役所広司、大泉洋)でしょう。

・役所広司 対照の一角、武人らしい武士を演じた。
  あの障子から飛び出す武骨な足の繊細な演技が一番の見せ所になっちゃったけど、
  それでいいのか。
  実は天下を治める才覚がないように描かれているが、
  武士社会全体から考えたら、この人がトップを取って、
  いつまでも天下が平定しない方が(天下統一などない方が)みんな儲かる。
  誰かを滅ぼされなければ、そこの土地を分け与えて出世ができない
  世の中なのだから。だから、実はこの男が百年でも千年でも戦争を続けたがってる
  みたいな気持ちがちょっとでも垣間見えたらもっと面白かったのに。
  (コメディーの範疇から外れちゃうか)
  考えようによっては魔王候補生。
・大泉洋 対照の一角、武人らしからぬ武士を演じた。
  耳のメイクがいい。まあ、でも、お猿と言うよりはモンキーに近い。
  時代劇から抜け出てきたような役所広司のセリフと、
  現代劇とさほど変わらない大泉洋のセリフが交わっても
  おかしくないのがおもろい。
  実は「人たらしの秀吉」の癖に、この映画の中で一番の腹黒に描かれている。
  それがそんなに腹黒に見えないのが大泉洋という役者ゆえだ。
  「平和になった方がいい」なんてのは百姓の理屈、と思えば、
  実はこいつがこの武家社会での一番の悪役なんである。
  考えようによっては現世を破壊する怪物。
・小日向文世 インテリ侍。あの高音の声がうまく嵌ってる。
  お姑さんみたいだよな。そう言えば、この人の出世作はカマだったし。
  この人が役所広司側にいるのは、役所広司が信長が定めた筆頭家老だからだろう。
  実は体制を重んじる人だ。
  だから、この人はこの人で最後に信じた事をやったに違いない。
  考えようによっては一番の役人。
・佐藤浩市 付和雷同侍。
  佐藤浩市をこんな「ふらふら」な役にキャスティングするのが楽しい。
  けっこうガタイもいいのに、映画の中で何かドタドタ騒いでるだけの役。
  考えようによっては、この人は大衆。
  前者3人には社会が「何を中心にしてどうあるべき」というビジョンがあるが、
  この男は自分の利益にかなえば未来はどうでもいいのだ。

ここから先はお得な役順。
・中谷美紀 いなかっべメイクがかーいーなー。
  あの垢抜けないズダダダダダな踊りも何ともよろしい。
  ユーモアを交えながらも、人と人が裏切りあう割とすさんだ話なので、
  こういう裏表がなくて「べちゃ」っとした役は一番お得。
  基本的に今回は女優はみんなお得(除く天海祐希)
  この人は正直が美徳。
  別に世の中がどうなっても多分、生きていける、どうにかなる。
・妻夫木聡 バカ跡目役。
  今、現代劇でこんなに果てのないバカを演じる事は出来ない。
  差別表現扱いになっちゃうからだ。
  あのバカがとても気持ちよさそうなバカでよかった。
  この人は只の馬鹿。
・剛力彩芽 白塗りに乏しい表情で演技させたのが大成功。
  初めてゴーちゃんでいいと思った。
  『ガッチャマン』の100倍いい(というより『ガッチャマン』が100倍悪い)。
  次はどうするかね。こんな役ばっかじゃないぞ。
  基本、本当は大根だからなあ(演技がこん平師匠のようにデカすぎる)
  ダッチワイフとか動かないで乳をモロ出しするような役が適役なんだけど。
  この人は涼しい顔をしながらルサンチマンの象徴。
・伊勢谷友介 織田信長の弟。
  子供の頃はうつけの信長の代わりに織田家襲名を望まれた人物?
  今は逆に「変わり者のうつけ扱い」。
  だとすると、実は一番複雑な目で後継者争いを見ている事になる。
  伊勢谷友介の威圧感のある下から目線って変な演技が面白い。
  又、信長の兜を横にして織田家など滅ぼしてしまえと
  信長が乗り移ったように喋る本心の力強さは
  やはり伊勢谷友介の目力の強さが功を奏している。
  この人は扇動者。但し、扇動の方向に注意を払わない。一番厭世的な人間。
・浅野忠信 清須会議において何をやる訳ではないのだけど、
  秀吉と相対する「規範としての武士」(秀吉は規範を破るし守れない武士)。
  建て前を建て前として貫き通すのも男の美学なんで、かっこいい。
  全国民がこういう人間なら社会主義や共産主義は成功する。
・鈴木京香 「鈴木京香だから」という線はないけど、まあまあ適役。なまもの役。
・坂東巳之助 賢い弟役。この歌舞伎の若い人はよう知らんが、
  ブッキーが凄くちゃんとバカを演じたので、この人の硬さも浮かび上がった。
  真面目馬鹿。
  馬鹿も困るが、真面目馬鹿もそこそこ困る。舞台が大きければ大きいほど。
・でんでん ヅラ以外のハゲが一人くらいいると画面のリアル度が違う。
  といった意味でいい配置。

その他 もっともいらん役は西田敏行と天海祐希

コメディーとしてはあまり自由な事も出来ないので、そんなでもないだろう。
これ、コメディーとして売っちゃいかん。
太河ドラマ『新撰組』と同じくらいの群像劇として見るなら普通に面白い。

やたら東洋人ばかり出てチャンバラもしないで会話ばかりしてる、
ってことでこれをハリウッドに持ってったら、えらく評判悪いだろうな。


【銭】
毎月10日109シネマズのサービスデーで1000円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
清須会議@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
清須会議@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
清須会議@yukarinの映画鑑賞プラス日記
清須会議@ペパーミントの魔術師
清須会議@徒然なるままに

PS 音楽の小技効いてる感よし。
PS2 瀬戸カトリーヌ、いわゆるカトちゃん、どこにいたんだろ。
 鈴木京香の女中かな?

『劇場版ATARU』を109シネマズ木場5で観て、これはマドマギの呪いか?ふじき★★

五つ星評価で【★★ふほほほほほほ(ダメ笑)そして、でも、もしかしたら】

TVドラマ未見。

まあ、映画だけ観ていてもアウトラインは掴める作りにはなってるけど、
堀北真希の事件がTVでどこまで取り上げられ、TVでどう決着が付いたかを
提示しないのは甚だ一見さん(俺)に不親切であると言えよう。

で、評判通り難物の映画だった。

一見さんが口を揃えて「あれは何?」と思うのは異常な演技演出だろう。
おそらくTVでもあの演技演出をしていたのだろうから、
TVから継続して見ていた人には違和感はないに違いない。
異常にエキセントリックな栗山千明と北村一輝、田中哲司に中村靖日。
このアタルの周りの中央人物が縦横無尽に
シリアスな展開を破壊する必要もないのにバリバリに粉砕しながら
話だけは前に進めていく。

周りでお祭りのような騒ぎが行われているというのに、
中居正広演じるアタルはぶれない。
『レインマン』のダスティン・ホフマンから孤高を抜いて、
山下清と「初めてのお使い」を加えた風である。
異能の幼稚園児であり、普通に町中で見たら「ああ、やだかも」と思う身体障害者だ。

その「『ああ、やだかも』と思う身体障害者」イメージを隠蔽して、
チャーミングに錯覚させる為にあの過剰な演技の弾幕が必要なのか?
(観客も変なテンションと同化し、中居正広をファンタジーな存在と誤認する)
もしくは、
「中居正広がバラエティとそんなに変わらない風に見えるけど、
 ちゃんと演技してるんですよ」という事の判断基準を曖昧にする為の演技弾幕か。
 (あんなん周りで堂々とやられたら演技がどうだなんて吹っ飛ぶ)

とっても変な物を見せられた感、満々だが、
必要に迫られて事は行われ、一度やり出したら止められなくなった、と推測する。
リアルタイムにTVドラマを見てないし、後追いで見る気もないので、
推測の域を脱する事はないのだが。


で、栗山千明はあんな事させられて苦労してるなあ。
それは北村一輝もいっしょだけど。
田中哲司なんて番組の生贄みたいなもんだ。
中村靖日だけは上手さで乗り切った感がある。
ドラマの出番的には、この人だけがパートみたいなもんだから
変な事やらされても痛手は少なそうだってのもあるか。
嶋田久作また出てる。よく映画出てるなあ。いい居場所にいるんだよな、いつも。
光宗薫がんばれ。これがステップアップに繋がる気は全くしないがガンバだ。

松雪泰子が全然分からんかった。ヘアピース一つで変わるもんだ。女優だなあ。

堀北もまずまず。特別な事をしてるとは思わないけどまあいいでしょ。

それにしてもネットワークに繋がるパソコン一つで、
どんな物でも爆発物に変える事が出来るみたいな設定
(もちろん厳密には色々な準備や条件が必要なのだろうけど)は、
過去例を見ないくらい、悪事実現性の垣根が低い。
もう何だって攻撃できる。

それを筆頭に、「そんなん、ありえんやろ」という御都合主義の数々は
「いや、元々ありえない話ですから」という免罪符で全部チャラになってるんだけど。
えーと、それでいいのか。
それともそれを「メタ」で楽しむ事がこのドラマの胆なのか?
最後の最後、夢落ちとか持ってこられても、きっと何の抵抗もないよなあ。

と、ここでハタと気が付いた。

堀北真希の役名って「マドカ」。
そして彼女の使うPCウィルスが「ウィザード(魔法使い)」。
わっはっは、マドマギのパロデイーじゃん。
そうすると、「マドカ」は「アタル」の世界で正しいことを為そうとして、
魔女(悪人)を退治する超越存在だ。その為に魔法を使う。
そして、彼女がもっとも注意を払わなければならないのは
自分と同じ魔法少女(正義遂行者)の立場であり、
他人から利用されれば魔女(悪人)にも成りうる「アタル」だ。
「マドカ」は「アタル」に魔女の烙印をあえて押す。
「マドカ」がもっとも救済したいのは「アタル」だから。
「マドカ」はおそらく自分なら「アタル」をコントロールして
実際に悪事に加担させる事も可能な事が分かっている。
逆に言えば「マドカ」と同じ能力を持つ者が現われれば、
「アタル」は誰にも止められない魔女(悪人)になりうるのだ。
「マドカ」は「アタル」を未来の魔女(悪人)として断罪する。
そして「マドカ」は彼女の持つ万能な魔法により、
全ての魔女(悪人)が悪事を起こさないよう呪い(祈り)をかけるのだ。
その為に世界は壊れ、再構成される。
それゆえに「マドカ」が死んだとされる世界は
「マドカ」が構成した新しい世界である。
そこでは一般法則性に縛られない。
哀悼の花を用意したいと思えば、その張り裂ける心の大きさだけ用意できるのだ。

わはははははは。
ギリギリ辻褄が合う気がする。

まあ、遊びと言っちゃえばそれまでだか。




【銭】
レイトショー料金1200円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
劇場版 ATARU‐THE FIRST LOVE & THE LAST KILL‐@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
劇場版 ATARU‐THE FIRST LOVE & THE LAST KILL‐@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
劇場版 ATARU‐THE FIRST LOVE & THE LAST KILL‐@yukarinの映画鑑賞ぷらす日記

PS まどマギとアタル劇場版、両方見てるの俺だけっすか?

眼鏡作り変え

新しい眼鏡(丸眼鏡)を作ったのは2013年10月24日

これで手持ちの眼鏡は三つ。
1.運転・映画用の度が強い、遠くの物がはっきり見える眼鏡(レイバン型)
2.予備(1より度が二つ低い/教育ママ型)
3.日常使用用(2より度が二つ低い/丸眼鏡)

なんつうか近視で老眼。
もう老眼だ。
45くらいではそう言うのはなかった。
47,8くらいからだろう。
近くの物を見る時は眼鏡を外すが、ちょっと遠い物を見る時には眼鏡がいる。
うっとおしい。
近くの物を見るのに不都合なく、
遠くの物も日常生活で差しさわりない程度にクッキリじゃなくする、
というので度を下げるというのが最善策らしい。 へー
で、度を下げた眼鏡を作って、今までの日常使用用を予備に変えた。

初めての丸眼鏡。
うん、純朴な田舎のおっちゃんっぽくっていいかもしれない。
詐欺とかにひっかかりそうな。実態に合ってるな。俺、迂闊だから、案外。

そう言えば『2300年未来の旅』という
『2001年宇宙の旅』のパチモン題名の映画があって、
その映画の主人公の名前が確か「ローガン」と言うのだ(実は見てない)。

日本人だったら「生まれた時からローガンです」ってギャグが使えたのに。

なんで、見てない映画の主人公の名前なんかを覚えているかと言うと、
映画の原題が『Rogan's Run』とかだったからだ。
いや、だったような気がする。
あれ、何だ「ず」って?
謎は深まるが、その謎を強いて追ったりはしない。
そんな物を追っかけてるほど若くないのだ。追っかけてる間に死んでも困る。

ブログデザイン(PC)変更

ブログのデザイン(PC)を変更しました。
実は変更する気は全くなかったんだけど、
お試しでいじってたら元に戻せなくなってしまった。

わははははははは。

妙に明るいノリのデザインになってしまったのが
我ながらしっくりこない感じなんですが、
しばらくはこれでいきます
(多少マイナーチェンジはするかもだけど)。

で、デザインを選んでて、
自分なりに「これはこうじゃなきゃあかんねん(by大坂娘)」というコダワリが
発見できたので、ここに記録しておこうと思う。
今回のデザインはライブドアが提供するフォーマットの中で、
その条件に一番合ったデザインです(探しきれてない可能性はあるけど)。

① 一つ一つの記事が独立して境がちゃんと見えないとやだ。
  前のデザインもそうだったけど、文章がけっこうダラダラ垂れ流しだから、
  境界をキッチリ分けておきたいんだろうなあ。
② トップページから、その記事のコメントとTBの数が見えないとやだ。
  ずっとそうしてるからかな。
  コメントの数は見せてもTBの数を見せないデザインは割と多い。
③ サイドバーは一列で記事の右っ側。
  これは完全に慣れ。
  元々は右にサイドバーがあった方が
  ロボット検索のヒット率が高くなるって都市伝説に従ったのが最初。
④ 基本、文字は黒、地は白。
  最初から白地に黒でやっていて、字や背景空間に色を付ける時は
  それを元に考えてるから(今では「字に赤」くらいしか使わないけど)
  携帯は白黒逆転してるけど、文字色くらいしか効果が現われないので問題ない。

ああ、何かせっかくカスタマイズした前のデザインのがチャラになっちゃったなあ。
大した事はやってないけど、それなりに気を効かせてたのに。

ガラケーの電池交換

カテゴリ新設。
自分の役に立つ為だけのブログ記事です。
『しわ』に感化された訳でもないけど、
物忘れも黒く太く、もとい、強く激しくなってきてるので
定期性のあることだけでも残していくかなあ、と。

ガラケーの電池交換をしたのは2013年11月08日(金)
前回は2012年01月とのこと(「2012年01月07日」後から書類発見)。
1年から1年半がおおよその持ち目安と言うから
随分持たせたものだ。

交換したらかなり快適。

「カテゴリ親切」はありがちだけど、
「禁曜日」はちょっとエロイ誤字変だったな。

マンガ『ジョジョリオン 第五巻』荒木飛呂彦、ジャンプコミックスを読書する男ふじき

JOJOになれなかった男、常秀の何から何までのダメっぷりが好きだ。
力を持っても決して主人公のためには使いそうにない設定がスリリングだ。

カツアゲロードの爺さんとチンピラ3人の顔の作りが一緒。
何となくオオサンショウウオを思わせる。
「オオサンショウウオ」は「ハンザキ」とも言われている。
「ハンザ(ワナオ)キ」を省略したのか。
なるほど10倍返しだな(単なる偶然だなって、それ以外ありえない)。

しかし、JOJOという作品は女子キャラが出てくるとあまり面白くない気がする。
やはり、外見は女子で乳も尻もあるけど、彼女らの内面が男子だから不協和音を出してしまうのだろう。男のキャラに女の外見を与えて、たまに「愛して」と機械的に喋らせてるようである。何で、こんなに「女」を感じないのかは………分からないが、と書こうとした途端に閃いたけど、彼女たちは「女の子同士」「ママさん同士」集団行動を自然に取るという属性が全く感じられない。群れの中での家族属性が一切ない。温かそうじゃないのだ。

JOJO世界で女子が集まっている時は、自然に集まっているという事はなく、何がしかの利害関係があって集まっている。油断ならない。何か峰不二子でさえ、もうちょっとゆるい、ぼーっと感がある気がする。
峰不二子は「誘われて何となく合コンに来ちゃいましたあ」と言いそうだけど、JOJOの女子キャラは「合コンに行けば戦略的にスタンドで優位に立てる」みたいな理由がないと来てくれそうにない。げげっ。

第八部「ジョジョリオン」は作者が女子の方が便利だったり、女子の方が花があったりってことだけで、女子キャラを多用してる気がするけど、こんなギスギスした女子ばかりなら、基本、JOJO世界に女子はいらんかもしれん。唯一、第三部のウータンに覗かれるロリータ女子くらいが普通に単なる「女」かもしれん。すぐ退場しちゃって伏線もないけど。というか、あれは「女」じゃなく「子供」だったのかもしれないけど。

どうですかねえ。思いつきだけで語っちゃって、マンガ見直してないから裏付けとかもないんだけど。

『しわ』『パリ猫ディノの夜』を早稲田松竹で観て、見事な二本立てに絶賛を惜しまないぞふじき★★★★,★★★

ありがとう早稲田松竹。
という感じでかなり満席に近い状態の興行。
平日だってのに。

しかし、これは観終わった後の満足度もさることながら、一般上映がどこでやったか知らんうちに終わっちゃったんだけど(※)、評判もいいし、ちょっと足を運んで観たくなるよなあ、という絶妙のくすぐりを持つ二本立てだ。そんな二本立てにちゃんとお客が山のように来ているのは嬉しい。

頑張れ名画座。頑張れ早稲田松竹。

※ 上映館は『しわ』が新宿バルト9、『ディノ』が新宿ピカデリー。


◆『しわ』
五つ星評価で【★★★★星五つにしないのはあまりに怖いから】

まるで『カッコーの巣の上で』のようだ。
だが、ジャック・ニコルソンが刃を交えた体制とは違い、
敵は「老い」。自然のシステムその物という巨大すぎる体制が相手だ。
これに立ち向かうのは正に「蟷螂の斧」。
よくて現状維持、勝ち続けたとしても限度はあるし、
最後に負かされてしまう事は分かっている。
早稲田松竹を占める大半の学生にはまだまだ先の話だろうが、
老いを体感し始めている自分にはたいそう怖い映画だった。

それなのに、どんな苦境に立たされようとも
(それが人が人でなくなる極限の状況であっても)、
人らしく生きようとする人の姿勢に胸を撃たれるのである。

常日頃、同じ演技をさせるなら、
アニメより人間の方が良い演技ができると主張している私だが、これは例外。
この内容では良い演技が出来れば出来るほど目を背けたくなってしまう。
このアニメの絵は淡々としてて、大根役者かもしれない。
でも、それでいい。
アニメにしたことでフラットになって、冷静に見ていられる。

こんな戦い方を描くという事も出来るんだなあ。

PS 個人的にジブリがやる事はけっこう何でも嫌いと言うへそ曲がりなのだけど、
 この映画に光を当てるのには恰好な集団であると思います。
 あんまり言いたくないけど、あんたらにもありがとう。



『パリ猫ディノの夜』
五つ星評価で【★★★オシャレで楽しい】

猫のディノ自身はどうでもいい。
ただ、ゾエ(女の子)の、
腕の中に「くるん」と入り込んでく猫感のアニメートは
猫をよく観察してるなと思った。
怪盗ニコの軽やかな歩きとかアニメートが絶妙に上手い。

基本、話の核を追っかけだけで構成してるのが凄い。
ヒーローは美男ではなく、
ヒロインも美女ではない。
それが映画を構成するのに必ずしも必要な要素ではなかったって発見。
アニメートが面白さと、悪役のエグサが突出してて良い。

物語において、否定されるべき人格は
「何人も人を殺している」「卑怯」などあるが、
割と誰をしても「こいつは屑」と意見が一致するのは「子供に手をあげる」だろう。
ユーモラスな部分を持ちつつ、バリバリやな奴である。

こいつに捕まったらおしまいという奴が追ってきて、それから逃げる。
チャップリンでも、キートンでも、このプロットは変わらない。
新しげに見えながら、映画の持つ一番古くからある面白さを抱えてるのがこの映画の強みなのかもしれない。



【銭】
通常料金1300円で鑑賞。こんな二本立てだったら惜しくないよ。

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しわ@ぴあ映画生活
パリ猫ディノの夜@ぴあ映画生活
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しわ@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評

『んで、全部、海さ流した。』をユーロスペース2で観て韓英恵の清々しさよふじき★★★

五つ星評価で【★★★韓英恵の尖がり具合】

短編映画。

短編なりの短さで、ぶつっと終わって、
「そこで終わるんかい!」感が漂うんだけど、
話全体としては、この長さで妥当。
だから、これを組み直して長編にしたりしてはいけない。

他愛もない話が成立するのは、
韓英恵扮する弘恵の壊れ加減が独特で目を離せないのと、
その韓英恵の一瞬の表情に捩じ伏せられるからだ。
どこのどんな誰よりも過酷に生き抜いてる感じが漂ってくる。

韓英恵扮する弘恵の方が
トム・クルーズ扮するジャック・リーチャーより、
よっぽどアウトローだ。


【銭】
当日料金700円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
んで、全部、海さ流した。@ぴあ映画生活
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