『標的の村』『犬と猫と人間と2』をキネカ大森3で観て、目利きやのうふじき★★★,★★★
- Date
- 2014/03/14/Fri 23:25
- Category
- 映画(ライブドアブログ時代)
◆『標的の村』
五つ星評価で【★★★重い】
舞台は沖縄だが、「沖縄だから」という話ではない。
日本国民は日本政府に大事にされていない。なめられている。
というより、どの代になっても日本政府が腰抜けだという事がよく分かる。
自分も腰抜けだから、強い事は言えないが、
腰抜けではいかん前提で雇われてる人たちがこんな腰抜けではいかん。
国策のために一部の人に泣いてもらう事はありだと思うが、
大きな考えも持たず、強い国に言われるがままに、
住民への正しい説明もせずに力づくで行政を推し進めるのは間違えている。
ただ、運動に関しては、実生活の支障よりは、そんなやり方が許されてはいけない、
という道義・感情論の方が上なのではないかと思う。
オスプレイは毎日、落ちない。
騒音問題は日本の法律で規制ができないのなら、
そういう環境を許す政策を進めた政府が何かの責めを負うか調整すべきだろう。
こういう事が正しく論議されるようマスコミが動くべきであるが、
中央のマスコミは無視を決め込む。ダメだらけだ。
標的の村:民家を標的に想定しヘリ訓練してる、というのもビックリだが、
過去、沖縄に作った「ベトナム村」でダイオキシンが散布されていたなど
嫌になる事実も出てくる。
「ベトナム村」の話が今、大きく顕在化しないのは
事件が古いこと、当時の事情からしょうがない面があった事、
それなりに事件の当事者が生活のため、納得をしていた事があるからだろう。
納得させることが大事だ。
納得させるように動けよ、
どんな時でも当たり前の人間が政治家にいないように思えてしまうのは何でだろう?
◆『犬と猫と人間と2』
五つ星評価で【★★★不条理】
日常生活の中での犬、猫などのペットと人間の関係を描いた1作目から大きく離れ、
2作目は東北の地震で被災に会った動物を描く。
地震、津波による直接被害とは別に、
原発事故で立ち入り禁止区域に取り残された動物たちは食を得る術がない。
ペットは飢え、繋がれた家畜はそのまま餓死する。
食事を求め、道路に出てきて轢死するペットも多い。
ペットや家畜に対して、正規・非正規な手段で手を差し伸べる
ボランティアの活動が描かれる。
その中で、犬や猫などのペットの被災も涙ぐましいが、
もっとも壮絶なのが経済動物である牛、豚、鶏の被災だ。
放棄された酪農場には糞尿にまみれ、弱い個体から死んでいった牛や豚がいる。
壮絶な風景である。ほっておけば皆死ぬだろう。
だが、放し飼い状態にすると、住居設備を荒すなどして困る。
何かしら管理が必要なのだ。
これらは汚染されているので、肉としてはもう使用できない。
行政が下した判断は殺処分。
豚や鶏は生存しているものは全てその処分に従った。
牛に関しては一部に、その生き物を殺すべきではないとする意見から
ただ、生かすためだけの飼育が行なわれる農場が作成された。
行政はもちろん費用など出さず、ボランティアや募金ですべて賄われる。
そもそも経済動物でいつかは殺す動物を利益も出ないのに生かす必要があるのか。
しかし、通常、殺すのは殺して肉にして費用を回収する為でもある。
費用も回収できないのに殺すのか。だが、殺さないで生かしておくだけで、
人手はいる、エサ代はかかる。
だが、もう理屈ではない。
目の前にいる命をただ死なさない為に努力する。そういう姿が撮られる。
確かに経済動物から経済性が失われてしまったのだから、
殺してしまうのが手っ取り早い。だが、本当にそれでいいのか。
命を値踏みしていいのか。だが、命を値踏みしないとやっていけない。
映画で答えは出てない。
見終わって、簡単に答えを出す事も出来ない。
ただ、悩むためにでも見るべきだ。
【銭】
キネカ大森3回使える名画座専用回数券を使って1000円で鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・標的の村@ぴあ映画生活
・犬と猫と人間と2 動物たちの大震災 @ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・標的の村@迷宮映画館
▼関連記事
・犬と猫と人間と@死屍累々映画日記
五つ星評価で【★★★重い】
舞台は沖縄だが、「沖縄だから」という話ではない。
日本国民は日本政府に大事にされていない。なめられている。
というより、どの代になっても日本政府が腰抜けだという事がよく分かる。
自分も腰抜けだから、強い事は言えないが、
腰抜けではいかん前提で雇われてる人たちがこんな腰抜けではいかん。
国策のために一部の人に泣いてもらう事はありだと思うが、
大きな考えも持たず、強い国に言われるがままに、
住民への正しい説明もせずに力づくで行政を推し進めるのは間違えている。
ただ、運動に関しては、実生活の支障よりは、そんなやり方が許されてはいけない、
という道義・感情論の方が上なのではないかと思う。
オスプレイは毎日、落ちない。
騒音問題は日本の法律で規制ができないのなら、
そういう環境を許す政策を進めた政府が何かの責めを負うか調整すべきだろう。
こういう事が正しく論議されるようマスコミが動くべきであるが、
中央のマスコミは無視を決め込む。ダメだらけだ。
標的の村:民家を標的に想定しヘリ訓練してる、というのもビックリだが、
過去、沖縄に作った「ベトナム村」でダイオキシンが散布されていたなど
嫌になる事実も出てくる。
「ベトナム村」の話が今、大きく顕在化しないのは
事件が古いこと、当時の事情からしょうがない面があった事、
それなりに事件の当事者が生活のため、納得をしていた事があるからだろう。
納得させることが大事だ。
納得させるように動けよ、
どんな時でも当たり前の人間が政治家にいないように思えてしまうのは何でだろう?
◆『犬と猫と人間と2』
五つ星評価で【★★★不条理】
日常生活の中での犬、猫などのペットと人間の関係を描いた1作目から大きく離れ、
2作目は東北の地震で被災に会った動物を描く。
地震、津波による直接被害とは別に、
原発事故で立ち入り禁止区域に取り残された動物たちは食を得る術がない。
ペットは飢え、繋がれた家畜はそのまま餓死する。
食事を求め、道路に出てきて轢死するペットも多い。
ペットや家畜に対して、正規・非正規な手段で手を差し伸べる
ボランティアの活動が描かれる。
その中で、犬や猫などのペットの被災も涙ぐましいが、
もっとも壮絶なのが経済動物である牛、豚、鶏の被災だ。
放棄された酪農場には糞尿にまみれ、弱い個体から死んでいった牛や豚がいる。
壮絶な風景である。ほっておけば皆死ぬだろう。
だが、放し飼い状態にすると、住居設備を荒すなどして困る。
何かしら管理が必要なのだ。
これらは汚染されているので、肉としてはもう使用できない。
行政が下した判断は殺処分。
豚や鶏は生存しているものは全てその処分に従った。
牛に関しては一部に、その生き物を殺すべきではないとする意見から
ただ、生かすためだけの飼育が行なわれる農場が作成された。
行政はもちろん費用など出さず、ボランティアや募金ですべて賄われる。
そもそも経済動物でいつかは殺す動物を利益も出ないのに生かす必要があるのか。
しかし、通常、殺すのは殺して肉にして費用を回収する為でもある。
費用も回収できないのに殺すのか。だが、殺さないで生かしておくだけで、
人手はいる、エサ代はかかる。
だが、もう理屈ではない。
目の前にいる命をただ死なさない為に努力する。そういう姿が撮られる。
確かに経済動物から経済性が失われてしまったのだから、
殺してしまうのが手っ取り早い。だが、本当にそれでいいのか。
命を値踏みしていいのか。だが、命を値踏みしないとやっていけない。
映画で答えは出てない。
見終わって、簡単に答えを出す事も出来ない。
ただ、悩むためにでも見るべきだ。
【銭】
キネカ大森3回使える名画座専用回数券を使って1000円で鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・標的の村@ぴあ映画生活
・犬と猫と人間と2 動物たちの大震災 @ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・標的の村@迷宮映画館
▼関連記事
・犬と猫と人間と@死屍累々映画日記
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