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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『ASAHIZA 人間は、どこへ行く』をユーロスペース2で観て、不明点に悶々ふじき★★

五つ星評価で【★★不明点に悶々しながらいろいろ連想した】
  
震災の被災地にある「朝日座」という映画館の記憶を記録する映画。

監督の藤井光がチラシに「非日常であろうと日常を生きる人々を描かねばならない」と文章を書いていて、これが映画のテーマにもなっている。ちなみに、映画を見た限りでは、場所は震災の被災地(非日常な土地)であるが、「朝日座」その物は震災によって破壊されたり、営業停止に追い込まれた訳ではない。それよりかなり前に閉館している。なので「朝日座」その物が活動している状態が「日常」という訳ではない。非日常な土地にいながらも、ごくごく普通に昔の出来事を物語る事象その物が「日常」だと言っているのだ。抽象的で分かりづらいなあ。

津波の被害に遭いながら、再起を果たした石巻日活パールシネマの方がドラマとしては分かりやすいのだが、成人映画館だから記憶の物語として語るには夾雑物的な感想が入って問題があるから取り上げづらいだろうか。まあ、それは単に取り上げた土地にその映画館=「朝日座」があったというだけだろう。又、今回の「朝日座」の記憶に関しては90年という長いスパンで語ろうというのだから、そこが大事だったという事かもしれない。それにしては、補足として、上映ラインナップのような物が話の一部としてしか出てこないのは気になった。映画館好きとしては、映画館は劇場その物の風合・空気は勿論だが、そこでどんな何がかかっていたかというのはメチャクチャ大事な事だからだ。同じ劇場を使っていても「ユーロスペース」と「シアターN」、又は、「新宿地球座」と「歌舞伎町松竹」が同じ映画館として語られる事がほぼないように、それはとても大事な事だ(少なくとも一部の物好きにとっては)。なのに、それを包括するような語り方はされなかった、又は、省略してしまったという事は、もしかしたら、この監督は劇場で映画を見る事をそんなにしない人なのか? いや、そういう視点は些末だからあえて無視したのか?

映画を見てて大きく気になった点が二箇所あった。
一つは、映画の中で今、まさに上映されている映画の一部の感想が語られる事だ。つまり、完成前の作品が朝日座で上映され、その感想を話している部分が完成品には収められている。ただ、何の説明もなく、いきなりそんな感想を聞かされても、当の映画の事とは思えない。私は監督の前作を上映して、その感想が撮られているのかと思っていた(上映後のトークショーで語られて、初めて気が付いた)。そういうトリッキーなやり方が何を表しているか私自身には理解できないのだが、それは、この映画自身の事を語っているのだと分かるように作るべきだろうと思う。
もう一点は、映画の冒頭から適宜バスのシーンが出てくる。バスツアーらしく、目的地は朝日座らしいのだが、どこから来たかが明確に分からない。これも上映後のトークショーで分かったが、東京(非被災地)から出発しているのだそうである。そういう構図にする事で、映画に別の視点を与えたのだという。それは説明されればニュアンスとして分かるが、映画を見ただけでは分からない。分かれバカと言われるかもしれないが、分からない。バスを長距離移動に使う輸送機関とはそんなに考えない物だ。皮肉にもそれも又、日常だったりする。そうでない非日常を行使したなら、ちゃんと映画内で説明すればいいのに。「震災とは全く無関係の東京から、被災地に昔あった映画館に観客を輸送する。そこでどのような感想が得られるかを確認したいからだ」と。いや、劇場に入る観客は東京からだったが、感想は地元の人が大半ではなかったか? うーん、何がしたかったんだろう。私の認識能力が劣っているだけなのだろうか。基本、映画を作っている人は自分たちがその中に入り込んでいるから、現場で知っている知識は観客も知っていると思いがちになる、そう思う。でも、そうではない。そこは注意して作品を作ってもらいたい。

こういう記憶の記録が残るのは映像素材を残すプロジェクトとしては良いと思う。
ただ、それを見て「私」が感銘を受けるかどうかは別の話だ。そこで引っかかってしまったのは残念だと思う。そして私のようじゃない人が多ければ、このプロジェクトで作った映像素材が新たな展開を見せるかもしれない。例えば、別の記憶も記録化して残そう、とか。そういう展開を見せる事が理想だと思う。そういう展開を見せない記録は埋もれる。

ドキュメンタリー映画を好意的に掛ける映画館として、ポレポレ東中野という劇場がある。その前身BOX東中野時代に上映された阪神大震災に関するドキュメンタリーを見つけようとした経験がある。見つからん。膨大な情報の渦に阻まれる。時間が経てば経つほど検索システムが情報としての価値を認めなくなるというシステム特性もある。人が死んだ後、その人の記憶をみんな失った時、もう一度その人は死を迎えると言ったドラマがあったが、人に限らず、情報は全てそうだ。だから、記録として劣化しないよう、映画制作段階からあがけるだけあがいてほしいと思う。

脱線したか?


【銭】
ユーロスペース会員割引で1000円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
ASAHIZA 人間はどこへ行く@ぴあ映画生活
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『デビルズ・ノット』をトーホーシネマズシャンテ2(2F)で観て、「ノット」って何よふじき★★

五つ星評価で【★★きっちり検証したいならドラマにせんでもええ】
  
物語としてつまらないのが致命的。
と言うか「全米の歴史に残る未解決事件」にもともと期待してはいかんのだな。「未解決」だからスカっとするのは難しい。はっきりと作り方を間違えていて、真相の検証を行いたいのなら、再現ドラマを含んだ告発系のドキュメンタリーにした方が見応えあったに違いない。今、捕まってる人間が仮に無罪だとしたら、罪を犯したのは誰なのか。映画では二つの可能性を示しているが、どちらにも肩入れはしない。何か、非難を恐れているかのようだ。一応、犯人を特定してる訳じゃないから、訴えたりしないでね、みたいに見える。それって覚悟がない。ヘタレだよなあ。

デハーンが「俺が一番傷ついちゃったんだぜ」という役柄じゃないのは意外。というか、そういう役じゃないデハーンは何か忘れ物でもしてるみたいに精彩が薄らボケてる感じ。

「ノット」ってどういう意味よ!


【銭】
毎月14日はトーホーシネマズのメンバーズデーで1100円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
デビルズ・ノット@ぴあ映画生活