ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『こっぱみじん』をUPLINK ROOMで観て、果てしなく可愛い群像劇ふじき★★★★

五つ星評価で【★★★★「こっぱみじん」という題名通り、誰もが幸せになれないけど、それでも誰もが「ぜいぜい」情けない声を上げながら、幸せの近くにまで辿り着けそうに見えるラストは秀逸】  

主要登場人物は4人。

①私(我妻三輪子)
②私の兄(小林竜樹)
③兄の婚約者(今村美乃)
④私と私の兄の幼馴染(中村無何有)

①は恋人持ちだが、④の帰郷により、恋心がグラグラしだす。
②は③と結婚寸前だが、ある事件から③の裏切りが発覚する。
④は②と③の破談の影響から①を明確に振る。

我妻三輪子以外は名前を知らない役者だったが、みんなよかった。

私・我妻三輪子のデレっとした蛙みたいな風貌が映画に似あっている。
基本、甘えん坊な顔なのだが、愛に関してこの甘え上手っぷりがよく機能する。
いい距離を保ち、ジャブを放つ(興味の薄れた恋人には誠実でないのは困るが)。
兄・小林竜樹の傷つきながらのいい奴っぷりも凄く伝わってくる。
ゲス女を演じながらも自分を貫く事で、自分を守る婚約者・今村美乃の
硬質だけど柔らかさも感じる美しさ。我妻三輪子は「女の子」だが、
今村美乃は「女」を演じている。その無理のなさ。
無理のなさを通さなくてはいけない辛さ。
そして幼馴染・中村無何有のゴツゴツした朴訥な、
ある意味とても恋愛に向かない顔立ちが見ていると
とても愛おしく思えてくる。

このキャラクター達が、ちゃんとそれぞれそこにいるように、
全力で描かれ演じられている事がとても良かった。

ラストシーンの私の機転とも言える宣言と行動が
ああもうたまらない。


【銭】
UPLINK 見逃した映画特集1300円均一。

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こっぱみじん@ぴあ映画生活
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こっぱみじん@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
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『タワーリング・インフェルノ』をミラノ座で観て、堪能ふじき★★★★★

五つ星評価で【★★★★★これがつまらないとかいう奴とは人生的に相容れない】
  
三回目か四回目か五回目。何かよく観ているようでもあり、そうでないようでもある。少なくとも過去に二回は観ている。

もう、絶対的に面白い。それは間違いようがない事実だ。

今回、気が付いた事だけ簡単に。

・これをきっかけに火災映画が山ほど作られるようになるのだが、
 最初の一本であるこの映画の「火」はどのシーンでも均しく「火」でしかない。
 シーンごとの「火」の違いまでは描き分けられていない。
 それはそれで、そんな事まで描き分けない方がリアルな気がする。
・フレッド・アステアなんか出てたんだ。軽くダンスシーンがある。
 三流詐欺師と言う役柄なのだが、あんな背筋のピンとした詐欺師はいない。
 なるほど、三流かもしれん。
・マーサが着てるキラキラのバニー服がステキ。
 あれ、風俗の制服にしてほしい。
・ゴンドラに最初の女性客が乗る時、「Let it go!(行け)」と掛け声。
 瞬間「Let me go!(ありのままに)」かと思い違いして自分に苦笑い。
・別に英語に近い生活を送っている訳ではないが、
 「Tower(塔)」に「ing」を付けた「Towering(超高層し続ける)」
 という単語はこの「Towering Inferno(超高層し続ける地獄)」
 でしかお目に掛かった事がない。
・「上は大水、下は大火事なあに」という謎々映画なのだな。
・この映画のキャスティングした人の名前はジャック・バウアー。
・まあ、しゃあないんだけど、今回の上映は35ミリではなく、
 デジタルなのね(いや気づかんし、分からんからどっちでもいいんだけど)。
・ミラノ座最前列端っこの角席でも見やすいわあ。
 舞台がある事でスクリーンと最前列の間に余裕があるし、
 スクリーンが緩い円弧で角度が付いている。
 畜生、こんないい設計の劇場がなくなっちゃうなんて。
 立ち見でも、これをここで見れた人は幸せだ。
 ちなみにこれ、多分、初見はミラノ座だったと思うな。

いやあ、それにしても面白かった。
やっぱり映画は熱意なんだと思う。


【銭】
さよならミラノ座特別料金500円。

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タワーリング・インフェルノ@ぴあ映画生活

PS アーウィン・アレンの映画をどこかでまとめてやらんかなあ。

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』をミラノ座で観て、堪能ふじき★★★★★

五つ星評価で【★★★★★やっぱりこれはコンテンツとして最高に面白いと思う】
  
二回目か三回目。

貞本義行のマンガも最終巻を迎えたが、実はこっちの旧劇場版映画の方がエヴァの本質に近い終わり方ではないかと思った。前回までに観た時に分からなかったのはゼーレとネルフというよりゲンドウの目的の違い。ゼーレもゲンドウもサード・インパクトを引き起こす事で人類補完計画を遂行し、人類を永遠の生命を持つ群体の単体生物として再生させる事に関しては目的は同一である。だが、ゼーレはそれが予言書に書かれたあるべき歴史であるから遂行しようとしている。その為、最も予言書に近い形での遂行を行おうとしており、ここがゲンドウと異なる。ゲンドウは初号機に入った妻ユイとの邂逅を第一の目的としており、その為に人類補完計画を利用しようとしている。なので、彼からすればサード・インパクトが起きなくても、人類が補完されなくても何ら問題がない。初号機の中でゲンドウとユイが一体になれればいいのであって、シンジの存在すら道具として以外は不要だろう。ある意味、ゲンドウの一番、目指していた姿は永遠の存在である初号機が人類とは切り離されている映画のラストに近い状態なので、やはりゼーレとは相容れない。ゲンドウ以外のネルフ職員は一部を除いて、ネルフは対使徒殲滅部隊という位置付けと思っていたであろうから、ゼーレとネルフの対立などは迷惑千万な話であろう。

最終的にシンジは人類を巻き込んだ個体生物となる事を拒否。この「拒否」する可能性に手を打てんのかよというのがゼーレのダメな部分だと思うのだが、真実のロンギヌスの槍が月面から帰ってくるのは予想外なので、サードインパクトが即、起こるとまでは想定していなかったのだろう。想定していたら、レイ、カヲル、ダミープラグなどを使って「拒否」をしないチルドレンをセットして発動したに違いない。

ラストシーンで、シンジはアスカの首を絞める。アスカはシンジに「気持ち悪い」と言う。ここで、アスカとシンジが分かりあえてセックスしてしまったとしたら、それは小さな人類補完計画が発動したのと同じ事だ。人類補完計画を起動しかけた直後のシンジには耐えられない。だから、ラストの没交渉こそがシンジにとっての「分かりあえない他者」の供給という、とてもイビツなハッピーエンドなのだ。

だから、これはこれで、とてもよくまとまっている。
ただ、普通に、人類の種としての目標・進化が、群体の単生物化とは思わないし、その状態がSEXで忘我になっている状態に近いとも思わないし、それに反対し、人類は人類のままでいましょうという対抗勢力もいないとは思わないから、あの巨大レイ登場から巨大レイの頸動脈切断に至るまでの「やっちゃった」と言われる部分が分かりづらい、と言われてしまう。あれはTVオリジナルの分からない心理描写の繰り返しにすぎない、とか言われてしまう。

そうではない。
分かりづらいながらも、ちゃんと説明はされている(気がする)。
「気がする」ってのはまた気弱だが、
こんな複雑なコンテンツに対して
断言などして責任を取ったりしたくないというのが本音だ。
でも、作品の中にどっぷり浸かりこんでた総監督の庵野にしてみれば、
これが「分からない」と言われたら茫然とした事だろう。
ここまで説明して分からないのか、と
(それを表明したかどうかは知らない)。

まあ、天才と凡人の考えの幅は違うものなあ。
という私も凡人だから、これが合っている確証もない。
いや、でも、面白いコンテンツだと思う。
心に響くかどうかは別として。
心に響かないコンテンツでも面白いという事自体が面白いんじゃないか、と。


【銭】
さよならミラノ座特別料金500円。

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THE END OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に@ぴあ映画生活

『怪しい彼女』をシネマート六本木2(B1F大)で観て、終わりよければふじき★★★

五つ星評価で【★★★終盤】  

この映画を三つに分けるなら、
 前:老人時代
 中:回春して初コンサートまで
 後:初コンサートからラストまで
で、圧倒的に後半から終わり際がいい。
幾つも用意された畳みかけの素晴らしさが堪能できる。
一見、アンハッピー寄りに見えるエンディングをアイデア一発で
ハッピー寄りにひっくり返すラストも秀逸。
この後半部を持つお陰で、後味が凄く良く、これが評価を底上げしている。
逆に言えば、中盤をキッチリ成り立たせる為の、前半老人部分の書き込みや、
中盤のギャップ・コメディーが長目で中弛みしてる減点部分を
後半が、それ以上の勢いでバリバリ相殺している。

「彼女」シム・ウンギョンの服装センスのダサさが素晴らしい。
柄は大きく、色は派手に。そして出来れば乙女テイストも詰める。
趣味が悪いけど、可愛い子が着ると個性になる。

シム・ウンギョンの演技が見事で、一時も実は老婆である事を忘れさせない。
そして、そのギャップのありえないズケズケさが可愛い。
日本だったら倍賞美津子→安藤サクラ、
隣の爺ちゃんが抑えた演技の竹中直人とかだったら見たい。

ガール・ポップ、筋肉アイドルみたいなのに韓国の音楽プロデューサーが閉口してるのが笑いどころなのだが、日本だって状況はそんなに遠くない。それでもまだ、AKB近辺の音楽の方が少女時代近辺の心地よいだけの鳴き声より「音楽的」だと思う。この映画での決着は「怪しい彼女」による聞かせる歌謡曲に落ち着くのだが、『超能力研究部の3人』で乃木坂46が「喝采」を歌っていたのをちょっと思いだした。あれも存外によかった。AKB近辺でも昭和の歌謡曲に戻ってバシバシ歌えばいいのになあ。楽曲は宝の山のように歌い放題だ。まあ、印税とかの関係でそっち方面に進むことは許されないのかもしれないけど。

後味の良い褒め言葉でブログ記事を締められなかった。ちっ。


【銭】
シネマート月曜メンズデーで1100円。

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怪しい彼女@ぴあ映画生活
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怪しい彼女@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
怪しい彼女@迷宮映画館

マクドナルド「カニコロッケバーガー」

カニコロッケが「蟹クリームコロッケ」でなく、
ボソボソしてる「蟹芋コロッケ」であるのだな。
このコロッケが大して美味しくない。
添えられてるキャベツはクズ葉を断裁したものを
買い集めてきたかのように爽やか感がない。

全体、費用対効果が低い、
不味いモノ作って批判されるのを喜んでいるかのような味。

『マダム・イン・ニューヨーク』『めぐり逢わせのお弁当』をギンレイホールで観て、ラジニカモーンふじき★★★,★★★

いきなり歌いださないインド映画二本立て。

◆『マダム・イン・ニューヨーク』
五つ星評価で【★★★シャシかわいい】

主人公のマダム、シャシが可愛い。
外面も美人だか、家族が幸せになる努力を怠らないメンタリティーがいじらしい。
だが、家庭内でのヒエラルキーは低い。
子供は母親が甘いのをいい事に軽んじているし、
夫は元々、主婦業や女性という性別を一段低い物と思っている。

そんな家庭の無理解の中、姪の結婚式のため、
家族の先鋒としてニューヨークで生活する中、
彼女の意識は徐々に変わっていく。

いやあ、主人公のシャシが極めて日本人が好きなテイスト満載なのですよ。
努力家で、自分より他人を優先する。辛い事は
呑み込む。
そして英語が苦手で、コンプレックスを持っている。
いや、これ、日本人が好きになるよう計算されてるとしか思えない。

歌と踊りは話の邪魔にならない程度に添えられている。


◆『めぐり逢わせのお弁当』
五つ星評価で【★★★倫理的にちょっと】

経緯もそれぞれの寂しさも、弁当箱に添えたメモが打ち消していく。
長尺なのに飽きたりもしなかったが、あのラストには疑問。
まず、今の婚姻関係の問題を解決してからでしょ。
いい事ばかり目を向けて、獣じゃないんだから。
人は嫌な事にも立ち向かわないといけない。


【銭】
ギンレイホール、会員証で入場。

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マダム・イン・ニューヨーク@ぴあ映画生活
めぐり逢わせのお弁当@ぴあ映画生活

『アンダー・ザ・スキン』をUPLINK Xで観て、分からなさにゲラゲラふじき★★★(ネタバレ)

五つ星評価で【★★★スカヨハの裸が見れたのだから、もうそれで充分でしょ】
  
スカヨハの裸を見る映画。
スカちゃんがそれをどう思うかは別として、
世間的にはそう言う位置づけだろう。

といった観点からは、実に納得できる裸だった。
「脱いだらあんなかな」という予想と全く食い違ってなかった。
なので、それはそれでいい。
裸になってくれても、感情表現が伴わないので
トルソーを見るみたいでエロくは感じない。たいそう美術的だ。
ようはエロは感情に伴って湧くものなのだな、と言う事がよく分かる。

優先して特筆すべきなのは、まあ「裸」なのだが、
「説明しないと言ったら説明しないんだもん」と貫き通した演出も楽しい。

宇宙人のスカちゃんは逆ナンしながら、自分に性的好奇心を向ける男を捕食して暮らしているが、ある晩、自分に性的好奇心を向けない男(外面が畸形)を逆ナンした末、取り逃がしてしまう。スカちゃんの心の放浪が始まる。もしかしたら、捕食対象と分かりあえるのではないか。スカちゃんは優しい男と同衾、愛の行為であるセックスをしようとして失敗し、逃亡する。森に逃げ込んだスカちゃんを暴力的に襲う男が現れるが彼女は犯されるない。彼女には人類とセックスするという機能そのものがその身体にないのだ。恐れた男は彼女にガソリンをかけ火を付ける。

というアウトラインだが、事象のみを淡々と全くの説明なして描くので、スカちゃんの心の放浪辺りからがよく分からない。畸形の男は逃げたのか、逃がされたのか、その男は演出意図によって追跡されるが、結局、どこに行ってどうなったのか。捕食を止めたスカちゃんは家に戻らず放浪するが、あれは危険回避の為、戻れないという事なのか。後半チョコチョコ挿入されるバイクの男のカットは何なのか、などなどカルト的な空気バンバンである。

男の全存在を吸収してしまう(食虫植物のウツボカズラを思いだす)彼女の捕食方法は人間サンプルを集めるダダを連想させた。あと、ピット星人とキュラソ星人にも似てる。ダダは『ウルトラシリーズ』内でも屈指の人類とは分かりあえない存在である。知的生命体でありながら意思の疎通を行えない。なので、ダダっぽいと言うのは宇宙人としてグレードが高い存在である。そして、ピット星人的には、外面が他者優位に立つ事を知っている。最後に「広い宇宙にも君の逃げ場はない。宇宙にも地球にも正義は一つなんだ。」と言われて焼き殺されてしまうキュラソ星人にも符合する。正義じゃないからと言って焼き殺していいのか。魔女狩りかよ。森はキリストが悪魔の誘惑を耐えた場所なので、キリスト今日的な暗喩も隠されてるかもしれない。セックスせずに身ごもったマリアは聖母となったが、セックスできずに身ごもる事も許されない彼女は魔女として処理されるみたいな。そう言えばキュラソ星人のネーミングは「ドラキュラ」から来ていた筈だ。ドラキュラも強烈な反キリスト存在のアイコンなので、スカーレット・ヨハンソンは単にセックスせずに焼き殺された事で強烈な反キリストを表わした事になる(って本当かよ)。
あ、roseさんの記事、読んでてふと思ったけど、男たちが沼に沈むのはキリスト教のバプテスマ(洗礼)の暗喩かもしれない。洗礼は神への服従を明確にする儀式。ナンパ男たちはそこで粉々に粉砕され、象男は神の手から逃げる。彼は神によって何も与えられていないから、神との契約を結ぶ理由が乏しいのだ。

あの、バイカーは何だったんだろう?

捕食者としての彼女と同等の存在が、
全体を危険にさらす彼女の行動に対して追跡している、みたいなもんだろうか?

こういうの見ると『寄生獣』の深津絵里みたいに全てを説明してくれないかな、とか思ってしまう。それをやると映画として下品とか偉い人たちに怒られちゃうみたいなんだけど。うん、でも、説明を極端にまでなくすと、上品にはなるけど、上品にもほどがあるよ。ボカノウスキーの『天使』くらい上品になると、もう「品」その物が何だかも分からなくなって、あれはあれで面白いけど。

決して気持ちよくない「滅入る系」の音楽が映画全部を彩ってるのも何かおもろい。


【銭】
UPLINK 見逃した映画特集1300円均一。

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アンダー・ザ・スキン 種の捕食@ぴあ映画生活
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アンダー・ザ・スキン 種の捕食@MOVIE BOYS
アンダー・ザ・スキン 種の捕食@いやいやえん
アンダー・ザ・スキン 種の捕食@ノラ猫の呑んで観るシネマ
アンダー・ザ・スキン 種の捕食@Nice One
アンダー・ザ・スキン 種の捕食@我想一個人映画美的女人blog

PS スカちゃんは脚本とか読み込まなそうで、
 オファーがある映画の受け方が適当っぽい所に好感を持ってます。
 どの映画の中でもスカちゃんはちゃんといいのだけど、
 スカちゃんが出ている事で映画その物が素晴らしい名作になったりはしない。
 丹波哲郎的な役者という認識です。
PS2 スカちゃんの役を関西弁コテコテのいつもの濱田マリでやったら、
 めちゃくちゃ比較対象として面白い映画ができそうだな、とか思ってしまう。
PS3 『アンダー・ザ・スキン』に似てる題名。
 →『オーバー・ザ・トップ』
 並べちゃうと、なんか「トップ」が乳首みたいだよな。

『寄生獣』を109シネマズ木場3で観て、咀嚼しきれない感ふじき★★★

五つ星評価で【★★★殊更に悪い訳ではないのだが、何か一つマンガのように親身になれない】
  
なんでっすかねー、と答が出てないのだが、
普通に考えて上出来に近い筈なんだけど、
やはり原作を先に読んでいる(大昔)のが阻害したのか、
ちょっと違う感を強く感じてしまった。

原作未読の一見さんが見る分には大変、楽しめるのではないかと推測する。

多分、細かい所を省略されちゃったりしたのが気になっているのだ。
原作と映画の尺の関係上、切らなくてはいけない部分は必ずある。
原作はそんなに短い物語ではない。
だから、話を切った貼ったするのは全然かまわないんだけど、
その為に原作の出来上がりの美しさが崩れてしまうのが歯痒いのだ。

もうちょっと整理してほしかった部分は思い付くままに以下の所。
・最初に同種を殺した時の新一の動揺とミギーの非動揺、
 それに相容れなさを感じる新一の感情の揺れ。
・新一がAに倒された時の傷が、土くれを溶かして慣らしたような
 強烈な傷痕になっていない。又、その後の新一の変化が不明瞭。
・犬を捨てた後の新一のパラサイト化の根拠が分かりづらい。
 および、新一が取った犬の解決方法の部分がない。
・成体となったパラサイトの能力の説明がない。
 見れば分かるという事もあるのだが、
 個々の細胞の独立と協調により、どのような形にも変化しうるというのは
 非現実的=いわゆる「まんが的」な設定だから、
 あえて文章で表現して「らしい感」を出した方がいい。

全体に、役者が演じた上での面白さはあった。
役者陣に特にケチを付けるような点はない。
でも、既定の物が手堅く料理されてきただけなので、
私の心にグサっとささらなかった。でも、平均的に悪くない。ちっ。

染谷将太の絶叫なんか本当うまいなあと思いながら、
新一のイメージとはちょっと違う。
どうしても、新一より染谷将太の方が強く出ているように感じる。

ミギーはもうちょっと感情がない故に愛らしい感じにやってほしかった。

深津絵里、不気味で上手いなあ。


【銭】
109シネマズのレイトショー割引で1300円。

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寄生獣@ぴあ映画生活
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寄生獣@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
寄生獣@映画的・絵画的・音楽的
寄生獣@yukarinの映画鑑賞ぷらす日記
寄生獣@ペパーミントの魔術師
寄生獣@ノルウェー暮らし・イン・原宿
寄生獣@タケヤと愉快な仲間達
▼関連記事。
寄生獣 完結編@死屍累々映画日記

PS タイトルは『寄生獣 ~はじまりのはじまり~』でも良かった。

マンガ『図書館の主 第二、三巻』篠原ウミハル、芳文社コミックスを読書する男ふじき

児童図書館の司書が近くにいる人々の様々な問題を
児童図書になぞらえながら解決していく。

このフォーマットは『美味しんぼ』だ。
そう分かったところで胡散臭さがハッキリした。
世の中にはそんなに次から次へと悩み事は出てこないし(私の知る範囲では)、
それが全て料理や児童図書で解決できるという設定が嘘にしか見えないのだ
(「嘘」が悪ければ「やらせ」だな)。

でも、その胡散臭さを無視して読むなら、そこそこ面白いと思う。

『時をかける少女』を新宿ミラノ座でこそこそ見る男ふじき★★★

五つ星評価で【★★★懐かしい】  

もう、三四回は観ているので、鑑賞に対して緊張感を保てない。
なんかウトウトしながら対峙してしまった。
でも、観には行きたいんだよねえ。

ミラノ座ラストフェスティバル。
終わるのか、なくなるのか、ミラノ座。
もったいねえ。

『時をかける少女』は今、見ると原田知世、
随分ツッケンドンな感じの演技させられてるな、とか。
「うーん、意地悪ゴロちゃん」って恥ずかしいな、とか。
負のイメージの方が強く感じてしまう。
ラストのハイヒールのカツーン、カツーンって足音はちょっとエロい。

エンドロールと予告・特報・TVスポット・リアル原田知世とかが
可愛かったのであって、この映画の中の芳山和子としての原田知世は
今、見るとそんないい風に見れないなあ(メイクが特殊)。
アイドル映画で「生理」とか言われちゃうのもどうか……と。

岸部シローが、何となくGSからの
「イケメン」な空気を残してるのは何かいい。ホッとする。


【銭】
特別料金500円。

こっそり見に行って大っぴらにしない扱い。
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