FC2ブログ

ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『拝啓天皇陛下様』を神保町シアターで観て、意外とホームドラマっぽいなあふじき★★★

五つ星評価で【★★★渥美清ええのう】
初見。
監督が野村芳太郎で題名に「天皇陛下」が入ってるから、もうちょっと政治色とか批判色が強いのかと思ったらさにあらず。渥美清が主演って時点で盤石の人情喜劇になってしまうので、そらそうか。と言うか、野村が目指した映画の到達点を渥美の個性が足を引っ張ったのかもしれない。

三食屋根付きの軍隊大好き人間渥美清が戦争の継続を懇願するというプロットだけ抜き出すと「きな臭い」感じが漂ってくるが、実際、出来上がった映画を見ると、のんびりと押しの強い渥美清の色のおかけで思想色は全くと言っていいほど感じられない。

純朴で不器用な田舎者・渥美清の対比として、処世術に長ける都会者・長門裕之が出てくるのだが、やっぱり渥美清が面白いので、どうしても長門は引き立て役になってしまう。長門がもっと前面に出るドラマだったら、主張が強いドラマになってたかもしれない。映画は最後、「拝啓天皇陛下様」で始まる長門の独白で締められるが、何となくそこだけツギハギしたようで、映画の最後にそぐわない感じが漂ってくる。理屈としてはその独白は合っているのだけど、感情的には、それを今ここで言うのかという感じでチグハグに感じられる。
映画としてもう一か所後から考えると不要に思える箇所が軍隊の上官イビりにより、遂にはキチガイになってしまう多々良純のエピソード。いかつい顔で登場する多々良純、佐藤充かと思った。この多々良純がキチガイになるエピソードのみ、渥美清演じるヤマショーと何の関係もないエピソードなのだ。だから、映画をヤマショー一代記にするのなら躊躇なく切れる場面だ。

野村芳太郎が切らなかったのは「ヤマショーが巻き起こす悲喜こもごも」という映画の結果より「軍隊(国家)と対峙する国民」の総論を描きたかったのではないだろうか。

多々良純を含めて三つの典型を提示してる。
 ①.国家の命令に応じてコロコロ態度を変えて上手く立ち回る者:長門裕之
 ②.国家の命令に応じるが基本的に自分を変えられない者:渥美清
 ③.国家の命令に応じられず常識に殺される者:多々良純

渥美清は映画内で物を盗むことに禁忌がない。
それは軍隊で徴用(現地徴収)や、炊事場から盗みをした経験に懲罰が与えられなかったからだ。だから、戦後、長門裕之の「同じ国民から徴用するとは何事だ」という主張が分からない。今の目で見ると「相手が中国人なら徴用してもいい」という考えを持つ長門の方が明らかに危険なのだが、長門のように器用に長い物に巻かれる事が出来ないのが渥美清であり、多々良純なのだ。

戦後のヤマショーに関しては、働いているか、飲んだくれている。
労働はそれなりに人を裏切らないし、酒は逃避場だ。
軍隊のように、衣食住と彼のすべき作業を提供してくれる母体がないと、ヤマショーは何を確かな根拠にしていいのか分からないのだろう。多分、そこまで言わしてくれてたら、最後のナレーションももっと活きたと思う。


【銭】
神保町シアター正規入場料金1200円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
拝啓天皇陛下様@ぴあ映画生活

PS 多々良純の狂い方が『シャイニング』のジャック・ニコルソンに似てる。
 キューブリック、盗みよったなと思うくらい
 (割と典型的な狂い方なのかもしれん)。
スポンサーサイト