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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『夜明けの祈り』『ローマ法王になる日まで』をギンレイホールで観て、

2018年1月6日にギンレイホールにて。
しかし、この清らかな2本で激動の正月興行を乗りきったのか。ギンレイホール恐るべし。って、正月なんだからもちっと売れ線の映画でよかったんでね?

◆『夜明けの祈り』

▲プリクラで笑顔が出ないときのツーショット

五つ星評価で【★★何か違和感があるのは映画のせいか自分のせいか】
第二次大戦終結時、ロシア人の蛮行によりポーランドの修道女が多数身ごもってしまい、それを赤十字で医療活動していたフランス人の女医が看病した実話がベース。

ポーランドはドイツに占領されていたので、ドイツとドンパチやってたロシアは凱旋軍の筈だが、女と見れば犯してしまうクズとしてしか映画内では描写されていない。ロシア人はもうチンチンだけの存在みたいな描かれ方なのでとても怖い。

その中、獅子奮迅の活躍をするのがルー・ドゥ・ラージュ演じる女医(正確には看護婦らしい)マチルドなのだが、現実の彼女は知らんが、映画の彼女は超美人医療助手である。ちょっと着崩した軍服がモダンで、露出が少ないのにエロい。フェロモンダダ漏れである。野獣のロシア人いる中で死ぬまで犯し続けてくださいという感じのイケニエ感がMAXビンビン伝わってくる(それを受け取るなよ俺)。そんな彼女が襲われるシーンはあるが未遂に終わる。別にそういうシーンだらけにしろという訳ではないが、マチルドが余りに美人過ぎるので危険な場所に彼女がノコノコ出向いて治療行為を続ける事に違和感がある。リアリティーがない。

マチルドは尼僧の出産により子供が居ついてしまった修道院にある提案をして受け入れられるのだが、それに対して私はそれを正しい選択肢だと思えないでいる。彼女の提案したその案は、多くの命を守ると同時に、嘘に嘘を重ねる事で修道院の権威を守るものでもある。これとは正逆の修道院長による選択肢もあるのだか、これはこれでヘビー過ぎて実用的ではない。それは嘘を付かない代わりに、命に対しても安全を保障しないというものだ。神様の不手際を人間の嘘で誤魔化してハッピーエンドとするのか、あくまで神様を信頼し人間は神様に隷属して生きるのか。人道的に前者を優先して映画が作られてしまうのは分かるが、後者に対して失格の烙印をただ押すようなやり方はちょっとひどいのではないか。
おそらくどちらにとっても必要なのは対話であるが、対話はどちらからも持ちかけられないのだ。物語の解決よりも、誤った結果に対する不寛容な責めだけが残されたようで、私自身は釈然としない気分で映画を見終わった。対話が許されない性暴力に対しては受け止めるしかないという描き方になり、対話が必要な事後処理に対して、対話を無視する流れがやはりおかしいと思う。あの人は決して受け入れてくれない。だから無視をするのか。それは性暴力同様一方的な断定断行ではないのか?

マチルドが美しく描かれすぎてる為に、禁欲的な修道院と比較して、逆に過度に自堕落に見えたのかもしれない(映画の中で唯一享楽的なSEXをする場面があるのは又マチルドだけであるし)。

(マチルド高畑充希に似てる。


◆『ローマ法王になる日まで』

▲笑う時はアニマル浜口のように笑え

五つ星評価で【★★フランシスコの取り柄がよく分からない】
現法王フランシスコの半生を描く伝記映画。
最初アルゼンチンで貧しい人とともに生きる宗教の道を政治弾圧により挫折。田舎に引っ込むが、才能を抜擢され都市区の偉い牧師になり、立ち退き地上げ問題を解決、陳情の解決により着々と勢力を拡大していく。前半の挫折があまり後半に繋がっているみたいに見えず、民衆の声を取り集めて偉くなっていく姿が割といきなりな感じがした。


【銭】
ギンレイホール、会員証で入場。『夜明けの祈り』&『ローマ法王になる日まで』で一番組。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
夜明けの祈り@ぴあ映画生活
ローマ法王になる日まで@ぴあ映画生活
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