fc2ブログ

ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『怪談本所七不思議』シネマヴェーラ渋谷

◆『怪談本所七不思議』シネマヴェーラ渋谷
五つ星評価で【★★★可愛い怪談】
特集「新東宝のディープな世界 アンコール&リクエスト」から1プログラム。
1957年、白黒、55分、初見。
本所の狸が助けられた恩人の家督を守るために妖怪引き連れて仇討をする。
一番最初に例を付け加えながら本所七不思議の解説が入る親切構造。

1.狸囃子
2.送り提灯
3.消えずの行灯
4.足洗邸
5.片葉の葦
6.落葉なき椎(これが怪しい)
7.置行堀

1,2,3,7辺りはちゃんと話に食い込んでる。
で、妖怪は狸が化けた物だからと言う訳でもないだろうが、ちょっと可愛くて愛嬌がある。まだ、リアルな特撮造形が花開く前なので、見世物小屋やお化け屋敷の大道具っぽいが、それはそれでいい大味である。
妖怪側の一群は、狸、蛇、のっぺら坊(町娘)、轆轤っ首、唐傘、三つ目入道、一つ目小僧、こんなところかな。狸は幻覚を見せ、仇に共犯者を斬らせる『四谷怪談』の伊右衛門方式が取り入れている。この時の幻覚の幽霊のメイクに力が入っているので、人形っぽい妖怪より怖い。あと一つ、悪い事を企む悪い侍を天知茂が演じていて、これが美しくてちょっと怖い。この人は明智小五郎をやる前はこういう凶気を秘めたピカレスク悪党が似合う役者だったのだ。


【銭】
一版1200-400(会員割引)
▼作品詳細などはこちらでいいかな
怪談本所七不思議@ぴあ映画生活
スポンサーサイト



ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『マウスマン~愛の塊~』シネ・リーブル池袋1

◆『マウスマン~愛の塊~』シネ・リーブル池袋1

▲鼠先生は鼠先輩ではないので六本木で「ぽっぽぽぽぽぽぽっぽー」とか歌わないのだ。まあ、多分。

五つ星評価で【★★★そんなにバカにしたもんでもない】
チラシに「2020年ネット界が騒然とするハイクオリティ自主制作アニメ」と書いてある通り、自主制作アニメである。なので、ところどころゆるい部分はあるのだが、「テーマ性のあるお話」という部分を比較すると、これより劣っている商業制作アニメはいくらでもある。

チラシやポスターのビジュアルから想像した以上にちゃんとしたSFであり、ちゃんとした哲学的な問いかけを含んでいる。

大きく二つのパートに分かれており、恋人との死別により、新しいパートナーを迎え入れられなくなった主人公が忍び寄る戦争の魔の手から彼女を助けるために単純明快に孤軍奮闘して愛をも再生する第一パートと、敵との戦いが激化し、世界を改変する敵により主人公の記憶が改変され死んだ筈の彼女が蘇る第二パート。猪突猛進で前に進む単純さが分かりやすい第一パートの方が個人的には好み。

しかし、この誕生秘話となる物語を通して全て見終わった今でも、何故主人公がマウスマンに選ばれたかは明らかにならない。いや、そらあかんやろ。それ以前にマウスが水色なのもよう分からん。鼻のない象みたいだ。


【銭】
一般1500円だがテアトルの会員割引で1300円。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
マウスマン~愛の塊~@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『荒野のコトブキ飛行隊 完全版』トーホーシネマズ池袋2

◆『荒野のコトブキ飛行隊 完全版』トーホーシネマズ池袋2

▲空戦+美少女集団、この二つの異なった世界観を両立させるのだから御苦労様である。人間のアニメートは『RWBY』のお化粧したCGモデルが動く方式。多分、この方式の方が会話劇が主体のこの映画だと予算がかからずに作れるのだろう。キャラクターの情感を伝えるのは声優にお任せ。それでいいと思う。

五つ星評価で【★★★空戦の未見性には興奮する】
TVアニメの編集物。原アニメ未鑑賞。という訳で一見さん鑑賞。
『ガールズ&パンツァー』の水島努監督最新作という惹句に惹かれて見てきました。まあ、そうね。そういう系列ではあるね。中心が女性キャラのグループで、ワイワイガヤガヤ。戦車を戦闘機に乗り換えて、基本、死人は出さない。戦車映画側で死人が出ないのはその世界ではスポーツであり、模擬戦で、火薬の量など殺傷可能にならないよう調節してあるからだろう。こっちはガチの戦闘なので、リアリティーから言ったら数人死んでもいい筈だが、そこをじっくり取りあげてしまうと大きな話が進まなくなるので、あえてそういう人の生き死には話から省いたのだと思う。

まず、時間の限られた劇場版で主役6人は最初かなりキツい。外見やキャラを如何にもな類型に分けつつ、努力してるのは分かるが、お姉さんタイプ3人、子供2人、変人1人。お姉さん同士3人、子供同士2人が中分類の中で未分化だ。逆にそうそう人って違わないものだから、極端に違わないというのは人間像としてリアルであるとも言える。いやまあ、それなら4人くらいが適当なのだが。

シリーズ初盤の敵と中盤の敵と最後の敵が違っていると言うのは、TV構成そのままなのだろうけど、普通にマイナス。
ただ、この段階を踏んだおかげで、ラスボスの「軽い悪辣さ」と圧倒的な物量差が感じられやすくなった。
敵の「自由博愛同盟」が「自由破壊同盟」に聞こえてニヤリ

そして、空中戦は今までこんなの見た事がないという未見性に満ちていた。見応えある。すげー。

穴の秘密がハッキリしないまま、終わってしまった。話はキッチリ閉じてるので満足感はあるのだが、この回答を出す為にまだ続いたりするのだろうか?

とってもお客が不入りなのか、二週目になってゴッソリ回数が減ったのには頭痛。


【銭】
トーホーシネマズのポイント6ポイントを使って無料鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
荒野のコトブキ飛行隊 完全版@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

コロナ立寄り箇所備忘録(2020年9月)

9月の部。

続きを読む
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『殴られる彼奴』シネマヴェーラ渋谷

◆『殴られる彼奴』シネマヴェーラ渋谷
五つ星評価で【★★★★無私の映画は好き】
特集「素晴らしきサイレント映画Ⅱ」から1プログラム。
1924年、白黒無声サウンド版、72分、初見。
研究の成果と妻をパトロンに奪われた素人学者は落胆して失踪、今はサーカスの道化師として、一日に何十人もの人間に只、殴られる事を芸として暮らすようになった。彼は学会での嘲笑が元で、どんな辛い事でも耐えられるようになってしまったのだ。と言う設定が怪しい事この上もない。
ずらっと百人くらいに殴られ続ける男を見て、発作のように笑うアメリカのサーカス客の心情は伝わって来ないが、この辺はどつき漫才だったり、ちゃんばらトリオだったり、ゴム紐ぱっちんだったりと地の底では赤い糸のように繋がってるのかもしれない。この道化師が自分に優しくしてくれた馬術芸の娘の危機に立ちあがる。金で娘を好きにしようとする悪漢は奇しくも自分を追い込んだパトロンの貴族である。おいおい、そんなん都合良すぎ。
学者だった男(とは言え自称なのだが)が転落の末、道化師になると言うのは当時はリアリティのあった話なのだろうか。90年も前の事実は分からんなあ。殴られ芸で抱腹絶倒ってのも信じがたいが。
哀しい顔を白粉で塗り固め、それでも伝わってくる喜怒哀楽、ロン・チェイニー上手い。白塗りになった時点の顔は東野英治郎っぽい。
途中サーカスの出し物の一つとして猛獣使いが扱うライオンが出てくる。このライオンと役者を一緒に共演させる事は出来ない(役者が食われちゃうから)。それで、小部屋の中でロン・チェイニーとライオンが一緒に映るカットは前面からか後方からかは分からないがスクリーンにライオンを映して、その前でロン・チェイニーが映写されたライオンと息を合わせた演技をする特撮が使われた。ヒッチコックの白黒映画などで、運転席の後方に動く景色が映るなどと同じ手法である(そもそも初期の撮影用カメラは大きすぎて車のボンネットなどには乗らなかった筈なのでこういう方法が取られた)。
あとムチャクチャでかい5メートルくらいのクルクル回る地球儀の前にいる10人くらいの道化が「殴られピエロ」を地球儀の前方に皆で放り投げるファンタスティックなカット、これも映写時にチカチカする部分があるのでここでは光学合成が使われているようだ。


【銭】
一版1200-400(会員割引)
▼作品詳細などはこちらでいいかな
殴られる彼奴@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『人数の町』シネクイント1

◆『人数の町』シネクイント1

▲青(左/すすめ)と赤+黄(右/注意+止まれ)。

五つ星評価で【★★★薄気味悪いホラー】
プロットは単純。おそらく社会基盤を握る組織(現政府)によって作られた町、そこでは集められた人数により、ネット上の世論操作をしたり、特定地域に出向いて、選挙の票操作をしたりする。出入りは自由であるが、投与された電子機器が脳に騒音を感じさせるシステムにより、事実上逃亡は不可能。又、逃亡後はおそらく政府の手配により無戸籍者に落ちるので、物理的・身体的に逃げられたとしても、生活の目途が立たず、長期の逃亡は難しい。
この食って、寝て、SEXしてという、ただそれだけの「豚のような」生活に甘んじるなら、いつまでも生きていく事が出来る。だが、それを「生きる」と言えるのか。「町」という存在に人間がペットとして飼いならされている。そういう状態だろう。

システムが単純なだけに現実に実現可能に思える。全くもって今現在存在していても違和感がない。そこが怖い。ゾクゾク来る。
中村倫也と石橋静河には良くも悪くも個性を出しながら逆オーラ的な埋没性がある。
つまり、ちゃんと他者と区別の付く個性がありながら、極めて普通に見えて群れに紛れる。

中村倫也、この人くらい無気力が似合う人もいない。
石橋静河、顔は整っているのだが、華がなくて、そこらから連れてきた人オーラが強い。

中村倫也は「蒼山」
石橋静河は「紅子」
石橋静香の妹役が「みどり」
その妹の娘が「桃子」
ゴレンジャーカラーである。「キレンジャー」がいないのだが、「紅子」は「木村」でもあるので黄色兼任。

熱血レッドの石橋静河がグイグイ引っ張っていって、
中村倫也はクールキャラ。
みどりはレッドを信用出来ていない(このパターンは戦隊的には珍しい)。
桃子は可愛さだけ。

▲みどり(立花恵理)

しかし、あのラストは又、事態の解決方法としては「そうなってしまいそう」と考える説得力のある物ではあったが、想像の範囲内でもあるし、みんなが思うイヤな方向性だったから、できうるなら違う終わり方を見たかった。

女性客多し。このメンツで人数の町にそのまま移管されたらハーレムやんけ(豚だな俺、豚でいいや俺)。
でも都度のところSEXしか娯楽がない施設に収容されるのはキツい。そんなにSEX得意じゃないし(告白すんな、そんなん)。


【銭】
シネクイント水曜1200円均一。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
人数の町@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『笑ふ男』シネマヴェーラ渋谷

◆『笑ふ男』シネマヴェーラ渋谷
五つ星評価で【★★★ジョーカーのモデルと言われている男の話】
特集「素晴らしきサイレント映画Ⅱ」から1プログラム。
1928年、白黒無声サウンド版、110分、初見。
謀反の疑いで父は処刑され、その父の惨状を見ても気丈に振る舞えるようにと、口の両端を割かれて常に笑った顔になるようにされた息子の数奇な物語。息子は見世物興行師に盲の少女と一緒に拾われ、道化「笑ひ男」として人気を得る。人気を妬んだ他の興行師からのタレコミにより、彼の出自が没落した貴族である事が分かり、彼の財産を継いだ公女との政略結婚が用意される。

彼の悲惨な生涯が浪花節で語られる前半は冗長、後半、彼が女王率いる英国議会に反旗を翻す所からがテンポもアップして俄然良い。
貴族装束のまま笑顔で逃げだして来る彼、追う甲冑の騎士団。混乱する町中。
建物の屋根に上った笑う男は何か得体の知れない物がそこにいる風で実に良いビジュアルだ。
この口元がコンプレックスで、常日頃隠して生活している「笑ふ男」をコロナ禍のため、劇場にいる人間か全員マスク姿で観てるのも皮肉な話だ。コレラ菌の恐怖を秘かに描いてるとも言われる『吸血鬼ノスフェラトウ』が番組選出に含まれてるのも皮肉な話だが。


【銭】
一版1200-400(会員割引)
▼作品詳細などはこちらでいいかな
笑ふ男@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『宇宙でいちばんあかるい屋根』シネ・リーブル池袋2

◆『宇宙でいちばんあかるい屋根』シネ・リーブル池袋2

▲この圧倒的普通少女感。

五つ星評価で【★★★★大傑作という感じではないのだけど、この星の数は清原果耶ちゃんへの好意の現れです/ちなみに「青くて痛くて脆い」で同じように星四つ付けて吉沢亮を褒めてますが、ホモじゃないからあれは好意というよりはリスペクト、、、と言うよりは作品が好き】

※ 「屋根」はともかく、『宇宙でいちばんあかるいや~ね~』は『マカロニほうれん荘』のきんどーさんの「や~ね~」。

清原果耶ちゃんがかーいーじゃないですか。
いじらしいじゃないですか。
何か梨っぽい。硬くて熟していて清々しい。
この路線ではこの娘が一番。
もう、孫を見る目で見た(年齢的には清原果耶が孫でも全然おかしくないんだけど)。
だから、性的な視線では全然見てない。逆にそういうのが見えづらい子で今時では大丈夫なのか?
桃井かおりとのセリフの応酬が聞き取れないほど早くて漫才的。

「するめちゃんさー」
「つばめ!」

ラリーのような速さと的確さにわろうた。

桃井かおりが年を取るとこうなるのね。若い頃は、どうなるかは分からなかったがこんなイメージではなかった。劇中で言われている「態度が悪い」と言うのがしっくり来る。最終的に手紙を取り返すとか、がある事から「ファンタジーに片足突っ込んだ」存在として扱われ、ラストカットはそれを利用しているようでさえある(ちなみにあのラストはちょっと違う気がする)。

伊藤健太郎これにも出てるのね。

山中崇の習字の先生みたいな職業と生活が理想かもしれない。


【銭】
テアトルの会員券を使って割引、1300円也。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
宇宙でいちばんあかるい屋根@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『山猫リュシュカ』シネマヴェーラ渋谷

◆『山猫リュシュカ』シネマヴェーラ渋谷
五つ星評価で【★★ルビッチ、うわ、ちょっと驚く】
特集「素晴らしきサイレント映画Ⅱ」から1プログラム。
1921年、白黒無声サウンド版、81分、初見。ルビッチ。
ルビッチ無声映画自体のドタバタ・ラブコメ。
政府軍人の超モテ男と山賊の娘が恋に落ちるが、、、、、。
ラブコメって無声でやるとちょっとキツいな。
やはり感情はキャストの声に乗る。

中心にモテ男と山賊の娘がいるが、
政府側にも、山賊側にもそれぞれ二人を懸想してる人間がいて、
恋愛マンガにありがちな三角関係のW状態になってる。
しのぶ-(あたる-ラム)-レイ、の関係。
無声映画時代にしてなんつー新しさ。
いや、色恋沙汰は古くなったりしないだけか。

モテ男の登場シーンがモテを表現しすぎてて笑う。
モテ男が現れる。
カメラ一面に女、女、女。
キートンの『セブン・チャンス』みたいで驚いた。キートンの『セブン・チャンス』は1925年、おそらくこの映画にインスピレーションを受けたのに違いない。ただ、見せ方は違う。『山猫リュシカ』は比較的綺麗な少女だらけ。1対500くらいの不均衡さはあるのだが、それでも恋愛するのだからあまり凄いのはいない。逆に『セブン・チャンス』は遺産を持つキートン目掛けて7000人の行かず後家が追いかけてくるのだから、絵が怖い。バリバリ、サスペンス。抜きだして、加工して1本の映画を作ってしまった。流石、キートン。

【銭】
一版1200-400(会員割引)
▼作品詳細などはこちらでいいかな
山猫リュシュカ@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

『青くて痛くて脆い』トーホーシネマズ上野4(ネタバレ)

◆『青くて痛くて脆い』トーホーシネマズ上野4(ネタバレ)

▲仲良しだった時代の二人。

※ ネタバレ、もしくはそれを暗示する内容を含みます。

五つ星評価で【★★★★ホモじゃないけど吉沢亮くんが良い】
『君の膵臓をたべたい』の作者による表裏一体の作品。どちらも活発な少女と自己の殻に閉じこもりがちな少年が一定期間、一緒に同じ時刻を過ごす。それによって、元々全然、別の人間である二人が分かりあい、全く同じ人間であるかのように呼応しあう関係になるのが『君の膵臓をたべたい』。そんな良好な関係にはなりえず、彼氏彼女はそれぞれ別の人間であり、別の人間であるからこそ、分かりあう為にぶつかり合わなければいけないのだとの結論に達するのが『青くて痛くて脆い』。前者はある意味「そういう事があったらステキだね」というファンタジーであり、後者はリアリスティックな寓話である。

主役の二人がとても良い。
人の善性を信じてやまない杉咲花。彼女が笑うとスクリーンの温度が上がる。
自分をよく知っており、常に痛みから目を背ける事をしている吉沢亮。吉沢亮、あんな整った顔をしていながら、いつも目が何かに脅えている。大した演技力である。彼は途中に出てくる社会からスポイルされた女子高生森七菜同様「役立たず」なのであるが、偶然それがばれるような局面に立たされていない事でそれが露呈せずにいる。

この二人が立ちあげた世界を変える秘密結社モアイが、彼女の死をきっかけに変節してしまい、彼がその変節した秘密結社をどうにかして社会から葬り去ろうと企むというのが粗筋である。彼の計画は功を奏し、モアイは葬り去られる。

物語の後半で彼は彼女の亡霊と対峙する。
彼は彼女にその出会いを責め立てる。
「僕じゃなくても誰でもよかったんだろう」
「ち」
彼女は「違う」と言えない。言葉が詰まる。彼である必要は全くなかった。もう、ここでドッと刺された。だって、俺もクズだし、カスだし、自己主張が苦手な内弁慶だもの。心あるカスはみなここで刺される。みんな自分だけは特別と思い込みたいが、自分だけが特別である筈もない事を知っている。
彼女の亡霊は彼に問いかける。
彼等のモアイの目指す先が違ってしまったのなら、そう言えばよかったのだ。機会はいくらでもあった。変える事は出来たし、変えていれば自分だって死にはしなかっただろう。そんな事は言ってくれなければ分からない。
そんなの言えるかボケ。
彼は言えない。あんなに長く過ごしているにもかかわらず、彼が言えない事自体を彼女が思いも寄らないという事自体が、彼女が彼を考えてない証拠である。それすら言えない。その閉じた迷宮ぶりにグサグサ刺される。彼は彼女に対峙すれば対峙するだけ、劣位に立ち、刺され続ける。そして、それは恐ろしい事にどちらが悪いと言う訳ではないのだ。ただ、そうなってしまうという事が決まっているだけで。
結果、亡霊の彼女は「暴力なんてみんなが暴力がイヤと言えばなくなるでしょう」という大学の教授に突き付けていた質問の回答を自分の体験で受け取る事になる。暴力は誰もがイヤだが、その暴力への道筋を照らしてしまったのは彼女なのだ。

女子高生森七菜を教室に戻そうと施設に学校の先生である光石研がやって来る。森七菜はパニックになり、大騒ぎになってしまう。実は、この光石研が杉咲花の成長した姿なのではないかと勘ぐっている。外見的に微妙だから、あまりそうは見えないが、光石研にも悪意はないだろう。彼が森七菜を教室に戻したいのは単に善意であると考えたい。ただ、それを望む事とは別に戦略をちゃんと立てて進むべきなのだ。戦略を立てずに闇雲に正義を遂行する所に「暴力」や「戦争」が発生する。

杉咲花にとっての「モアイ」は「模擬・出会い」を縮めた言葉で、
吉沢亮にとっての「モアイ」は「模擬・愛情」を縮めた言葉ってのでどうでしょう。


【銭】
トーホーシネマズソの有料入場ポイント6ポイントを使って無料鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
青くて痛くて脆い@ぴあ映画生活
ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログへ
にほんブログ村
にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村
次のページ