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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『罪の声』トーホーシネマズ日比谷1

◆『罪の声』トーホーシネマズ日比谷1

▲ちなみに「昭和最大の未解決事件」は「三億円強盗」やと思うわ。

五つ星評価で【★★★★宇野祥平の凄さ】
イブニング連載のマンガを読んでたので筋は知っていたが、映画を見て、改めてこれはマンガに向いてない作品である事が分かった。
事件を調べる側、事件の調査を受けて過去の証言をする男達、犯罪者集団、ともかく役の大小に関わらず登場人物が多い。マンガだとこれを描き分けなければならないが、リアル指向の劇画の場合、人体の特徴を極端に誇張も出来ず、ここで魅力的なキャラクター造形がちょっと欠けていた。映画だとそれぞれ似てない俳優をキャスティングすればOKである(勿論、大根ではいけない程度の制約はある)。
そして、本当の事件(グリコ・森永)がかくもこうであったかのように思わせるリアリズム、これも映画は素晴らしかった。マンガは35年前と今をコマ内の映像として列挙して、一目で分かるように描写するのに適していなかったりするので不憫だ。
映画は圧倒的な脚本の力と、素晴らしい俳優の演技力で充分な見応えがあった。ただ、映画では、この事件の悲劇の責を誰かが負わなければならないという結論になり、最終的に事件の始まりに関与した二人の大人に負わせたが、それが正しいのかどうかが私の中では判然としない疑問になって残った。そりゃあ、企画者が責任を負うのは理に適っているが、彼はリーダーではなく、アイデアを求められて参加した参謀である。リーダーを食い殺した残虐なヤクザ組織なり、そのリーダーをサポートしてやれなかった金主なりが、もう少し責めをおってもいいのだが、それは服屋と新聞屋の主人公なので、どうも冷静にそこに立ち向かう絵ヅラを作れなかった、その代わりに全ての責任を押し付けられる位置に落ち着いてしまった気がする。確かに最後の最後まで可哀想な被害者を守りきれなかった企画者は責任がゼロであるとは言えないのだが、彼等が意図して被害者(大衆ではなく、もっとも被害をもっとも集中的に浴びた者)をそこに追い込んだ訳でもないのに。

W主役の小栗旬と星野源は全く違ったタイプのバディとしてよく機能してると思う。小栗旬って演技が特別に上手いとは思わないのだが、アニキャラみたいな架空の存在を演じさせたり、バディ物で強烈な個性の対極の普通の人を演じる時、きちんと嵌る。どれくらい加減すれば相手との繋がりが本当らしいかみたいなバランスの設定が上手いのかもしれない。

今回の映画の飛び道具は宇野祥平と原菜乃華。宇野祥平うまいわあ。原菜乃華かーいらしいわあ。

松重豊はやっぱり組織の中にいないと良さが出ない。それに古舘寛治を合わせるなんて通よのう。市川実日子も盤石。宇崎竜童なんて、もう本当にちゃんと役者なのでビックリする。

しかし、薄幸の少年少女の運命に涙しながら、ただ一番悪い奴は引きずり出してないんじゃないか。
映画途中で星野源が叫ぶ「面白おかしく記事にして、加害者家族の未来に責任は取れるのか」という設問には小栗旬の原稿は応えられていないんじゃないかと思う(偶然、良い再会があったからと言って、その部分がチャラになる訳ではないと思うのよ)。


【銭】
トーホーシネマのあまり安くならない会員割引デー(火曜日)で1400円で鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
罪の声@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です(一部TBなし)。
罪の声@yukarinの映画鑑賞日記α
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