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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『瞽女』『二人ノ世界』シネマチュプキ・タバタ

◆『瞽女』シネマチュプキ・タバタ

▲基本いい「べべ」着てるのだけど、旅から旅で小汚いのが本当じゃなかろうか?

五つ星評価で【★★★全体統一されている部分とそうでない部分の違和感】
105歳まで生きたという事なので、約100年、江戸時代は過ぎて、明治かそこらに生まれた人なのだろう。野郎はみなザンキリ頭、女性の方が一人として洋髪がいない、百姓の困窮した生活ぶりなどどうにもテイストが時代劇みたいである。盲目の女性が三味線を弾きながら庄屋や地主の家などで歌う「瞽女」という角付け芸、昭和にはあっても、平成では撲滅したのではないか。劇場で歌い聞かせるみたいな事はやったとしても「角付け」という芸そのものが、もう周りが分からないだろう(すんげ大雑把に言ってしまえば路上ミュージシャンの投げ銭システムと一緒)。
目が見えない身体に生まれてしまったばっかりに、鬼のような母に躾を教えつけられ、鬼のような師匠に芸を教わる。教育を授けている側は決して悪人ではないのだが、スパルタ式しかないやり方は見ていて心が休まらない。裏に愛情があっても、そういうのが幼児ゆえに意識できないのはしんどい。

主人公ハルが生まれた家は地方のそれなりに裕福な家らしく、部屋の間取りはみな広いし、門から玄関までかなりの距離がある風だった。そんな古い日本家屋を舞台にしているので、庄屋の集会場でも、室内は皆、陰気で薄暗い。昔の日本は土地は余ってたから百姓家作るのにも空間的にはゆったり作ったのであろう、部屋の明るさがどこも芒洋とした同じトーンに抑えてある。それはそれで贅沢な事だ。その陰鬱な照明が照らす、どこも決して裕福には見えない招く家を行き来する「瞽女」は映画内で「最下層の生活」と言われたりもするが、それほど困窮そうには見えない。そして、この世界のヒエラルキーの頂点はと言うと、めっちゃ上質そうな尼服に身体を隠した占い師・小林幸子である。それはどうよ? 本田博太郎はどの世界にいても本田博太郎なのだが、まあ、それはそれで良かろう。

主人公が吉本実憂、普通にようやッちょる。
主人公の母が中島ひろ子。あー、こんな役をやるようになったのね。顔立ち変わって誰だか分からんかった。

「いい映画風」であるが、いや、「いい映画風」であるので、流されるなと俺の内なる悪魔が警戒してるような映画。


◆『二人ノ世界』シネマチュプキ・タバタ

▲二人の日常が分かるスチール。永瀬正敏は寝た切り。盲人の土居志緒利は全ての物が同じ場所にある屋内であれば、自分の部屋と同様に振る舞えるので介護が可能。

五つ星評価で【★★★中々見せる】
全身麻痺の男性を介護する事になった全盲の女性、序盤の突っつきあいみたいな干渉が楽しい。
中盤から後半に向けて、世界は彼と彼女に造反を起こす。この造反の仕方の意地が悪い。
ラストシーンはその世界に対して一矢報いた風だが、現実問題何にもなってないのではないか?
永瀬正敏の良さを再確認。
その永瀬正敏を堂々迎え撃つ、土居志緒利も凄い。


【銭】
期限無期限のシネマ・チュプキの12回券を10000円で購入、9,10回目使用。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
瞽女 GOZE@ぴあ映画生活
二人ノ世界@ぴあ映画生活
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