ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『光にふれる』をシネマート新宿2で観て、思いもよらず辛口になってもたふじき★★★

五つ星評価で【★★★ちょっと雑然としてる】
  
盲目のピアニスト、彼には幼少時に負ったトラウマがある。
生活に披露するダンサーの卵、彼女は乱雑な環境により未来が見えない。
この二人の出会いが化学反応のようにそれぞれの人生を変えていく。

色々、盛り込み過ぎてちょっと雑然としている感じ。
そして、ちょっとウトウトしてもうた。春眠よのう。

音楽やダンスのシーンはとてもよい。
いや、音楽やダンスが良くなかったら、映画として成立しない類いだな、これは。

話が色々な方向に手を伸ばしているのに、綺麗に収まってない気がする。
そんなのは、全部綺麗に収めなくてもいいのよって言っちゃえばそれまでだが。

ウトウトしてる間にフォローする展開があったらごめんなさいなんだけど、
以下の部分が気になった。

・ユィシアンとクラスメートの関係が雑然と細いまま。
・ユィシアンの普段の生活が割と謎。
・ダンサーの母親が脈絡なくいい人化。
・ダンサーの元友達が後半、顔見世くらいしか出て来ず、バランス悪い。
・バンドがいきなりいいバンドに出来上がってて、バンド自身の物語がない。
・ユィシアンがトラウマを克服するために自分から運命を選択しない。
・ユィシアンが演奏以外で接しているのは、家族とダンサーとバンドだけである。

なんかいい話が並んでいるが、各楽器がそれぞれのメロディーを奏でながら、シンフォニーとして最後に一つに上手く絡んで出来上がらなかったみたいな感じ。

多分、一番問題なのが「あいつ障害者だから一番になれたんだぜ」というユィシアンのトラウマ自身を映画自身がなぞってる事じゃないだろうか。
「これ、障害者の映画だからいい映画なんだぜ」みたいに見えなくもないのだ。多分、それを脱する為には「障害者であろうがなかろうがいい人であるユィシアン」の良さをハナからいい人であるダンサーやバンド以外が認めるカットが必要なのだと思う。


ダンサー姉ちゃんの踊りはとても綺麗だし目を引くが、
指導する先生のダンスの美しさには敵わない。

ユィシアンのピアノの演奏もすばらしいが、
実はカードを使った余技の演奏の方が好きだ。



【銭】
新聞屋系の只券もらった。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
光にふれる@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
光にふれる@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
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