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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』をミラノ座で観て、堪能ふじき★★★★★

五つ星評価で【★★★★★やっぱりこれはコンテンツとして最高に面白いと思う】
  
二回目か三回目。

貞本義行のマンガも最終巻を迎えたが、実はこっちの旧劇場版映画の方がエヴァの本質に近い終わり方ではないかと思った。前回までに観た時に分からなかったのはゼーレとネルフというよりゲンドウの目的の違い。ゼーレもゲンドウもサード・インパクトを引き起こす事で人類補完計画を遂行し、人類を永遠の生命を持つ群体の単体生物として再生させる事に関しては目的は同一である。だが、ゼーレはそれが予言書に書かれたあるべき歴史であるから遂行しようとしている。その為、最も予言書に近い形での遂行を行おうとしており、ここがゲンドウと異なる。ゲンドウは初号機に入った妻ユイとの邂逅を第一の目的としており、その為に人類補完計画を利用しようとしている。なので、彼からすればサード・インパクトが起きなくても、人類が補完されなくても何ら問題がない。初号機の中でゲンドウとユイが一体になれればいいのであって、シンジの存在すら道具として以外は不要だろう。ある意味、ゲンドウの一番、目指していた姿は永遠の存在である初号機が人類とは切り離されている映画のラストに近い状態なので、やはりゼーレとは相容れない。ゲンドウ以外のネルフ職員は一部を除いて、ネルフは対使徒殲滅部隊という位置付けと思っていたであろうから、ゼーレとネルフの対立などは迷惑千万な話であろう。

最終的にシンジは人類を巻き込んだ個体生物となる事を拒否。この「拒否」する可能性に手を打てんのかよというのがゼーレのダメな部分だと思うのだが、真実のロンギヌスの槍が月面から帰ってくるのは予想外なので、サードインパクトが即、起こるとまでは想定していなかったのだろう。想定していたら、レイ、カヲル、ダミープラグなどを使って「拒否」をしないチルドレンをセットして発動したに違いない。

ラストシーンで、シンジはアスカの首を絞める。アスカはシンジに「気持ち悪い」と言う。ここで、アスカとシンジが分かりあえてセックスしてしまったとしたら、それは小さな人類補完計画が発動したのと同じ事だ。人類補完計画を起動しかけた直後のシンジには耐えられない。だから、ラストの没交渉こそがシンジにとっての「分かりあえない他者」の供給という、とてもイビツなハッピーエンドなのだ。

だから、これはこれで、とてもよくまとまっている。
ただ、普通に、人類の種としての目標・進化が、群体の単生物化とは思わないし、その状態がSEXで忘我になっている状態に近いとも思わないし、それに反対し、人類は人類のままでいましょうという対抗勢力もいないとは思わないから、あの巨大レイ登場から巨大レイの頸動脈切断に至るまでの「やっちゃった」と言われる部分が分かりづらい、と言われてしまう。あれはTVオリジナルの分からない心理描写の繰り返しにすぎない、とか言われてしまう。

そうではない。
分かりづらいながらも、ちゃんと説明はされている(気がする)。
「気がする」ってのはまた気弱だが、
こんな複雑なコンテンツに対して
断言などして責任を取ったりしたくないというのが本音だ。
でも、作品の中にどっぷり浸かりこんでた総監督の庵野にしてみれば、
これが「分からない」と言われたら茫然とした事だろう。
ここまで説明して分からないのか、と
(それを表明したかどうかは知らない)。

まあ、天才と凡人の考えの幅は違うものなあ。
という私も凡人だから、これが合っている確証もない。
いや、でも、面白いコンテンツだと思う。
心に響くかどうかは別として。
心に響かないコンテンツでも面白いという事自体が面白いんじゃないか、と。


【銭】
さよならミラノ座特別料金500円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
THE END OF EVANGELION 新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に@ぴあ映画生活
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