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ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『バードマン』もういっちょ(ネタバレ)

『バードマン』について、風呂に入りながらちょっと気付きがあったので、
一つ記事を加えて書き添えておく。

ネタバレ注意

冒頭、マイケル・キートンの空中浮遊で始まり、
ラスト、エマ・ストーンの表情から空を飛んでいるであろう
マイケル・キートンが想像できる。
映画内で隕石が落ちて来たり、竜のようなものが現れたり、
ヒーロー、バードマンの姿が現実に現われる所はあくまで
演出として妄想と分かるように描かれている。

だが、冒頭、ラスト、
それとチョコチョコ細かく映るテレキネシス(念動力)映像については
妄想に偽装されている部分もあるが、それが現実であるとしてもおかしくない。

とするなら、マイケル・キートンはあの世界で超能力を使える男なのである。
色々な技法により、自分を他人に見せる、それが演技であるなら、
若かりし彼が演じたバードマンは、誰よりも彼的な存在であるため、
演技とは言えないかもしれない。素の状態でセリフを喋っているだけ。
彼が役者として生きるためには彼と全く違う存在を演じなければならない。
そこで、彼は舞台に出て、等身大の超人でない人間を演じる。

彼は等身大の人間を正しく演じられる。
それは彼が異常な人間(超人)である為に、
自分と等身大な人間の差異をはっきり自覚できるからだ。
だが、無知蒙昧な観客は、その差異を曖昧な空気としてしか認識できない。
だから、彼は観客に自分が超人ではなく、
等身大の人間である事を骨の髄まで信じ込ませなければならない。
彼は実弾の銃を使い、死ぬかのように演じて見せた。
彼は超人なので、死なない事が分かっているにもかかわらず。
観客は度肝を抜かれた。
舞台の登場人物の彼と、役者の演技が完全に一致したからだ。
だが、それは実は死なないのに、死の演技を巧みに演じている彼に負かされている、
そういう状態なのだ。
彼は観客や批評家に演じ勝った。
批評家の舞台しか見ていない狭隘な審美眼では
彼が本当の超人である為に死なない事など分かりはしないだろう。
仮にそれが分かったとしても、それを発表する機会やメディアは
彼女に微笑んではくれまい。
巨大でヒステリーな流れの前では、
一人の評論家の本当に正しい言説があっても届きはしないのだ。

という物語なのではないか?


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バードマン一つ目@死屍累々映画日記
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