ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『偉大なるアンバーソン家の人々(ネタバレ)』『血涙の志士』をシネマヴェーラ渋谷で観て、ワクワクグーグーふじき★★★★,★★

特集上映「映画史上の名作14」の1プログラム。

◆『偉大なるアンバーソン家の人々』
五つ星評価で【★★★★オーソン・ウェルズかく語りき】
オーソン・ウェルズ監督作品。オーソン・ウェルズの映画って『市民ケーン』を大昔に見たっきり。他は出演している『M』とかウィスキーのCMとかで見かけた事はあるけどそれしかなかった。で、見てみると、まあ、ちゃんと面白い事。それにしても、これが全然完成品でなく、40分ほどカットされた挙句ラストまで変えられた「ノン・ディレクターズ・カット版」だって事実も凄い。失われた40分は今でも探し続けられているらしいが、おそらくもう発見は無理だろう。ただ、同じく「ノン・ディレクターズ・カット版」のポール・グリモーの『やぶにらみの暴君』が「ディレクターズ・カット版」の『鳥と王様』よりテンポがよくて好きな私としては、監督が思うままに意思を通した作品の方が絶対面白い筈だ、とは言いきれないと思っている。どちらにせよ、もうどうにもならない物の事を言ってもせんないもんだ。

映画冒頭、その町にとってのアンバーソン家の「格」をボーンと出し、まるで吹き荒れる風のように若き日のモーガンとイザベルの恋の破綻から、イザベルの一人息子ユージーンの我儘ぶりまで描いてみせる。ユージーンは金持ちに胡坐をかいたとにかく鼻もちならない若造だが、彼の母親への愛(依存)だけは掛け値なしの本物なので、観客はその一点しかなく、その一点に縋りつく為に普通の男女の愛すら捨ててしまうユージーンに徐々に同情しないでもなくなる。嫌な奴を嫌な奴として描写しておきながら、その彼への関心を観客に捨てさせない手腕が見事だ。時代は馬車から自動車の時代へと移り変わり、ユージーンがモーガンにかって言った通り、クソな時代がやってくる。それは単にユージーンただ一人にとっての「クソな時代」ではなく、土地の名士が主人のように振る舞いながらも弱者をそれなりに守っていた時代の終焉であり、各人一人一人が戦いながら自分を守らなくてはいけない時代の始まりなのだ。
富豪の鎧を剥ぎ取られたユージーンは事故で四肢を失い、もう施しを受ける事でしか生きながらえない弱者になる。だが、弱者を守る彼の家はもうない。ユージーンにイザベルの一端を見たモーガンの手によってユージーンは生の保証を得る。ハイになってるモーガン、閉ざされた病室内で映らないユージーン。皮肉なことに彼の言った「クソな時代」で、彼は他者と戦って身銭を稼ぐ事もなく、かってそうありたいと願った働かない生活を手に入れた、彼のもっとも嫌悪すべき敵の手によって。彼がどんな顔でどう生きるのか。彼の顔は病室に遮られて見えない。
これがエンディングが変えられたハッピーエンドという事なのだが、足を怪我した競走馬の額に銃を撃ちこむようにユージーンを抹殺してやる方がより人道的ではないだろうか?


◆『血涙の志士』
五つ星評価で【★★ジョン・フォードの無声映画。凄い邦題だ】
無声映画はどうも苦手だ。集中力が途切れてしまう。

親の遺言で結婚した相手がグズグズのノンベ野郎で苦労するという『偉大なるアンバーソン家の人々』のカップリングにとてもふさわしいダメダメ結婚映画。ダメの理由は『偉大なるアンバーソン家の人々』ほど複雑ではなく、単に夫が「ノミスケの悪」で借金の近作に困り社会的に不誠実な事を行なった。悪い事をこの夫が一手に引き受けているのだが、こいつの顔が髭面もあってか、ベン・アフレックに似てる。

舞台がアイルランドという事でキルトを穿いている男も女も現われる。
女のキルトの方が可愛いね、当たり前だけど。


【銭】
シネマヴェーラの会員割引で1000円。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
偉大なるアンバーソン家の人々@ぴあ映画生活
血涙の志士@ぴあ映画生活
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