ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』をよみうりホールで観て、太陽とズートピアを連想ふじき★★★

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▲熊と鼠です。

五つ星評価で【★★★呑気なのが取り柄だけど呑気すぎる気もする】
くまのアーネストとねずみのセレスティーヌの種族を越えた友情物語。

という基本設定からして、『ズートピア』を連想させる。
その上、熊から見た鼠はこの世界では捕食動物の位置にあるのだ
(ただ、あえてネズミを食べなくてもいいくらいに食料は潤沢である)。
そして、世界の設定として地上に熊の都市があり、地下に鼠の都市がある。
二つの世界は互いに交流がなく、それぞれを付きあうに足らない存在と見ている。
熊の世界は「町」っぽく、鼠の世界は「都会」っぽい。
もちろん、『太陽』のように熊と鼠の種族間格差を埋める事は出来ないが、
単純明快に世界の構造が似てて連想させられる。
日を浴びない鼠の方がノクスっぽく、獣らしさをみなぎらせてる熊はキュリオっぽい。

くまのアーネストもねずみのセレスティーヌも、同族の社会からのはみ出し者である。
アーネストは貧困層であるが、熊の社会は福祉が行き届かない。
ねずみのセレスティーヌは捕食者である熊に恐怖を抱かない社会の反動分子である。
とまで言うと極端だが、非国民と突きあう者も非国民とするような社会であるなら
彼女も堂々立派なはみ出し者である。

そのはみ出し者同士が少しずつ寄り添い友情関係を結ぶ。
彼等は互いにたすき掛け状態で裁判に合う。
くまのアーネストは鼠の裁判に。ねずみのセレレスティーヌは熊の裁判に。
彼ら二人はその友情その物を否定される。
目の前にいる彼等を認める事が出来ない相手種族の許容度の低さゆえに。
最終的には突発的な事故により、熊も鼠も変わらない存在である事が証明され、
二人は一緒に生活する事が許される存在になる。

エンディングを迎えても基本的な問題が解決していない気がするし、
そもそも騒動の発端が二人の反社会的な行動にあったので、
見終わってスッキリしきらなくって、ちょっとモヤモヤが残った。
もちっと物語を論理的に煮詰めたらボディーブロー食らったくらい
唸る物になったかもしれないのに、、、と考えるとちょっと残念な作品。


【銭】
ホール一日貸切形式の上映会。招待券をチケット屋で150円でGET。確認される最終底値は100円。まあ、50円くらいならいいやろ。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ@ぴあ映画生活

PS セレスティーヌはちょっとキツイ姉様系キャラ。女性キャラが勝気だと、
 男のアーネストは口答えではもう絶対と言っていいくらい勝てる感じがしない。
 そして、げんに勝てないのだ。
 男女カップリングとして盤石のキャラ設定ではあるが、
 常に男が受け身になる状態は、
 丁々発止の『ズートピア』の二人に比べると不自由な感じに思えてしまう。
 まあ、比べなきゃいいんだろうけど。チョコチョコチョコチョコ思い比べてしまう。
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