ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『ゴジラ(1984)』『ゴジラ対メガロ』を神保町シアターで観て、うなされそうなふじき★★,★ @nadreck7

特集「シン・ゴジラ映画総進撃」から各1プログラム。

◆『ゴジラ(1984)』
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▲「ゴジラがブラックホールになって都市を呑み込む」という映画ではありません。

五つ星評価で【★★極めて真面目で融通が利かない映画】
1954年の『ゴジラ』と同じタイトル。
1954年の一作目で死したゴジラとは別の個体の二作目がいたとする、1954年直系の続編。

第一作も真面目だったが、1984年版もそれに次ぐ真面目さだ。
話を作りやすくする対決怪獣も出てこない。対決怪獣が出ないゴジラ映画は元祖無印ゴジラとこれとエメリッヒ・ゴジラくらいである。
ゴジラを倒せる超兵器の宛てもなく、ゴジラが併せ持つとした鳥類の帰省本能を増幅させ、巣(に見せかけた噴火口)に帰ってもらうというのが本作でのゴジラ対案。
子供向けではなく大人向けにちゃんとドラマを構築しようとしているのだが、ゴジラの脅威と対策、それに関わる田中健と沢口靖子の恋愛パートがしっくり噛みあっていず、微妙な物を見たなあという感じにさせられる。

評価したいのは、ゴジラへの対抗策として「核」を使用したいとする米ソと、それに反対する首相を描いた事。リアル首相が「どうぞどうぞ」と言いだしそうな現状の今、これを見るのは皮肉であるが。当たり前の事だけど、「国土を核の蹂躙されるがままにするのは許さない」と断言できる人に日本の総理大臣になって貰いたいですわあ。今は「経済を回すためには核の蹂躙もちょっとくらいは大目に見ましょう」みたいな姿勢でしょ。

評価できないのは、多分、ゴジラ映画で一番最初に「原発」を登場させているにも関わらず、「原発」をゴジラの餌場みたいな扱いにしてしまい、ゴジラに変な属性を持たせてしまった事。以降、ジャリ映画のゴジラでは持っていなかったゴジラの様様な属性がプラスされていく事の走りになってしまう。まあ、大人には何がしかの言い訳が必要なのかもしれない(これこれこうだからゴジラに対してこういう攻撃をしましょう、という言い訳)。「原発」の危険性も訴える事だって出来た筈だが、そこは当時の「原発で明るい未来を」という風潮に唾吐くのは無理だったのかもしれない。新作『シン・ゴジラ』は日本で原発事故が起きて以来、初めてのゴジラ映画になるので、「原発」に対して製作者側が何かを発信するかどうかに注目したい。

デビュー直後の沢口靖子が大根なのはしょうがないが、武田鉄矢がムチャクチャ空気を壊している。映画の外、メタな部分の戦犯は監督に負ってもらうんだろうが、映画内での一番の戦犯は武田鉄矢に負ってもらうでよい。まだ、出番が少ないから救われているが、ともかくその不要っぽさは余計な事をやる時の竹中直人に匹敵する。


◆『ゴジラ対メガロ』
五つ星評価で【★初見。この映画が少年の見た夢落ちでも全く驚かない】
子供映画に徹しているゴジラ映画。
それが悪いとも思わないんだけど、何だか退屈。

ツイッターでナドレックさんが

ジェットジャガーはかっこいいし、オリジナル怪獣の創造にも挑戦してるし、一発屋かと思ったガイガンの再登場も見られるし、海底王国の怪獣が地底から出現する愉快な展開とか、とても魅力的な映画ではないですか。

と言ってくださってるんですが、私、ひたすら退屈でした。
怪獣達は無闇にドツキあってるだけで、そろそろ時間が来たからドツキあい終了としか見えず、人間側は何かあっちこっち追っかけっこをしてるけど、何でそんな追っかけっこをしてるのかもよく分からず。

ジェットジャガーは巨大化する理由がちゃんとあればなあ。
単に「ふしぎな力」で巨大化するのは良くない。
人間が制御できない物を人間が生み出すって、それじゃ「ゴジラ」みたいじゃん。

メガロの変な歩き方は好きです。それだけかな。

3匹1体常に誰かが鳴いてるようで五月蠅い。

これは仕事帰りの疲れた頭では見れないっす。


【銭】
『ゴジラ(1984)』:神保町シアター正規入場料金1200円。
『ゴジラ対メガロ』:特集企画割引800円(5回鑑賞毎に次回割引)。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
ゴジラ〈1984年〉@ぴあ映画生活
ゴジラ対メガロ@ぴあ映画生活
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