ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『映画の教室2017(第四回)』をフィルムセンター小ホールで観て、超強烈『哀しみのベラドンナ』★★★★★

五つ星評価で【★★★★★すんげえの作ったなあ】
フィルムセンターの企画上映。
全五回で今回のお題は「素材から観る日本アニメーション」
四回目は「セルアニメーション:虫プロ」。
虫プロ倒産直前の最後の作品『哀しみのベラドンナ』を上映。
1973年の作品でスクリーンではおそらく二回目。ほとんど記憶がなかったが、多分あまりの毒気にやられてきっと記憶をなくしたかったんじゃないかと類推できる。

普通じゃない。常軌を逸している。こんな物は絶対子供に見せられない(別に子供が見る必要はない)。えげつなくイヤらしく、そのエロ表現はジメっとして、とても不愉快だし、不快だ。直視を避けたい物や出来事が描かれている。それは強烈に心に揺さぶりを掛ける。そして、神(映画の中では十字架を持った聖職者)と結びついた為政者による略奪が凄まじい。持たざる貧乏な者からは肉体を簒奪する。妻は性を徴収され、夫は肉体(右腕≒徴兵)を徴収される。富を得れば富の全てを奪い取られ(共産党による富裕層撲滅のようでもある)、精神の平穏を既存の神以外に求めれば、全力をもってしてその存在を抹消させられる。映画内での悪魔は男根の形を借りているので強烈に禍々しく、しかも、目を背けたくなるような恥ずかしき形状である。だが、その悪魔は彼が映画内で述べているように、女主人公と同質であり、実は生命力その物なのだ。悪魔の色は緑。これは植物が反映する緑ではないか。悪魔は自然であり、野生であり、野蛮であり、セックスである。神は悪魔を許さない。神は制御し、抑えつける物だから。それにしても忌々しい。認めたくないのだけど、この映画は恥ずかしくなるくらいずっとセックスを描写しているのだが、それがとても美しい。美しい事を認めざるを得なくなるからきっと忌々しいのだ。だって、セックスは野生であり、非文化的な物だから。劇中、奪われ、その後、魔力の行使により復活を遂げるジャンヌの姿にちょっとだけ『ベルセルク』っぽさを感じた。デザイン的に同質性を感じる部分もあり、文化的な血が継承されているのかもしれない。

うむ、面白かった。そして恥ずかしかった。


【銭】
フィルムセンター一般入場料金520円。今回は満席。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
哀しみのベラドンナ@ぴあ映画生活
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