FC2ブログ

ふじき78の死屍累々映画日記・第二章

場末にひっそり咲く映画日記。第一章にあたる無印はライブドアブログ

『太陽』をキネカ大森2で観て、大層お気に入りじゃ★★★★

キネカ大森の名画座企画「1週間キネカは君のもの門脇麦主演作品セレクション」

◆『太陽』キネカ大森2

▲ホンジャマカ石塚ルックの神木。

五つ星評価で【★★★★こういうの好き】
「友好汚染先」として仲良くさせていただいている「映画的・絵画的・音楽的」さんに「設定そのものに疑問を感じたりしてしまい、余り乗り切れませんでした。」と書いてあるけど、私は逆にあまり全てを説明していない余白のある状態の設定が面白いと感じました。

この世界は大きくノクス(夜しか生きられない新人類)とキュリオ(旧人類)に二分される。
それぞれの特徴は

・ノクス
 太陽に当たると皮膚が発火するので、日中は出歩けない。光を受け付けないように全身を覆ってしまえば危険性はあるが活動は可能なようである。吸血鬼的生態を持つが別にキュリオの血を吸ったりはしない。文明的な生活を享受しており、長命で老けにくい。体内血液にはキュリオに感染するウィルスが多々含まれており、握手程度では感染しないと彼等は言っているが、キュリオが感染経路の不明な死に方などをする事から単純に空気を媒体にして飛沫感染とかしそうである。感情の機微がゆるやかで感傷よりは合意性を優先させる。その為、特定の相手以外とのセックスに対してもタブーはないが、元キュリオ同士のセックスはキュリオ時代の感情的な自分を想起させるためか好まれない傾向にある。セックスは子孫を残すためにノクス同士で行われるが、妊娠の確率は低くキュリオを養子にしてノクス化手術を受けさせる事例が一般的である。

・キュリオ
 太陽の元で生きる旧人類。キュリオとは「骨董品」の意味の差別用語。ノクスと比べると短命で早く老ける。病気で早逝してしまうので短命なのかどうかは不明。ノクスに文明的なライフライン(おそらく電気、水道、ガス、基礎医療)を握られているらしく、反抗するとライフラインを切られ、10年で人工が1/10に減じるほど死傷率が高まる。但し、この人口減は他の場所への移動も多少は考慮する必要がある(それが主流とはあまり思えない)。畑を作り自作自農をしているがあまり大きく収穫があるようにも見えない。植物その物は育つが、収穫を取るための農業用地としては痩せているのかもしれない。又、農薬・肥料・農業機械を使用しているようにも見えないので大量収穫は得られないと思われる。人糞などの肥やしに関しても病気の感染経路となりうる事を考えると積極的な使用も控えざるを得ないのではないか。

それぞれのテリトリーはノクス区域とキュリオ区域で分けられており、キュリオ区域の者がノクス区域に入らないように壁と門があり、歩哨が立てられている。門は通常閉ざされており、両区域間に売買物が行き来しているような素振りは見られない。又、キュリオ区域、ノクス区域以外に生活しやすい特区として「四国」が作られたらしい口承が残っているが、キュリオ内での内部闘争により常に内乱状態のような土地になってしまっている。

ノクスを見て最初に思いついたのは『戦闘メカ・ザブングル』に出てくる「シビリアン(市民)」を管理する「イノセント」と呼ばれる特権階級だ。歩哨の服装が彼等に似ている。イノセントはシビリアンに青い鉱石を掘らせ、その鉱石はエネルギーとして使用されているという搾取構造があった。もう一つ「続・猿の惑星」のミュータントと原始人にも似ている。原始人の管理者はミュータントではなく猿なのだが、ミュータントと原始人の間に交渉がなく、独立した生活基盤をそれぞれ持っている点が「太陽」に似てる。

ノクスはキュリオを管理はするが搾取はしていないと思う。
キュリオの土地から献上させなければならないほどの収穫は得られないのではないかと思う。逆にノクスは自分達のテリトリーで科学力を駆使して食物を大量生産できる技術を獲得しているのではないかと推測している。搾取対象でないにもかかわらず、ノクスがキュリオを管理しようとするのはキュリオに暴力傾向が強く見られ、同じ生活圏での共棲に限界を感じているからだろう。自分達の生活基盤を狂わせる可能性の高い者と一緒に生活は出来ない。

ノクスが再生可能エネルギーから大量にエネルギーを確保でき、それを元に食物を人数分行き届くように工場製品のように安定供給できるなら、地産地消をベースとする小さなコミュニティでの生き残りが可能である。国同士・経済組織(会社)が争い、一番の国・企業だけが貧しい者から搾取するという現況を覆す生活が出来る。過去や現在のように、富を集中させる事による対他者(他国)を制圧する力を蓄える必要がなくなるとしたら、それは老境に達した文化がやっと手にした理想郷ではないだろうか。この理想郷はただ継続する事のみが目的であるので、それは無限の停滞であるとも言える。それでも、現況の世界より狂っていないように思える。

ノクスになった門脇麦ちゃんがやはり可愛くない。俺はキュリオなんだな。
神木隆之介の絶叫ええわあ。


【銭】
2017年10月始まりで新しく購入したキネカード(名画座回数券)。半年間で3回入場券付で3000円。うち1回分を使用(2回目)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
太陽@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です(一部TBなし)。
太陽@映画的・絵画的・音楽的
太陽@ここなつ映画レビュー
スポンサーサイト



コメント

今晩は。
冒頭に拙ブログのいい加減な記事から引用していただき、感謝申し上げます。
ただ、「再生可能エネルギーから大量にエネルギーを確保でき、それを元に食物を人数分行き届くように工場製品のように安定供給できるなら、地産地消をベースとする小さなコミュニティでの生き残りが可能」とされていますが、よくはわかりませんが、「エネルギーの確保」や「食物の安定供給」といったことは、ノクスのような小さな共同体単独では難しいのではないでしょうか?
特に、本作で描かれているようなノクスの高度な生活水準を達成することは困難ではないでしょうか?
他の共同体との交易が、ある程度は必要になってくるのではないでしょうか?
そうなると、経済の原理が及んできて、やはり格差は生じてくるように思われます。

また、仮に、ノクスのような共同体が存続可能であるとして、そのようなノクスについて、「過去や現在のように、富を集中させる事による対他者(他国)を制圧する力を蓄える必要がなくなるとしたら、それは老境に達した文化がやっと手にした理想郷ではないだろうか。この理想郷はただ継続する事のみが目的であるので、それは無限の停滞であるとも言える。それでも、現況の世界より狂っていないように思える」と述べておられます。
でも、クマネズミには、「無限の停滞」の社会は、ある意味で何の変化もない社会であり、絶え間ない変化が訪れる「無限に競争」の社会と同じように「狂って」いる社会なのではないのか、一方を否定し、他方を「理想郷」と崇めることはできないのではないか、と個人的には思えるのですが?
実際に求められるのはその中間あたりのところではないでしょうか?そして、そうであるためには、こうした極度に閉鎖的な社会を作ろうとしてもだめなのではないか、と漠然とながら思っているところです。

  • 2017/12/24(日) 18:34:50 |
  • URL |
  • クマネズミ #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんちは、クマネズミさん。

今現在、ビルの中で植物を生産管理している工場野菜というのが商品として発売されているので、この規模や種類を大きくすれば都市地区で作られる食物の安定供給は可能だと思います。都市部、人がいっぱい死んで場所は余っていて、「地価」という概念はなくなってると思うので。エネルギーの確保も「日本と再生」というドキュメンタリー映画内で、原子力や火力などの大発電所より風力、太陽光などを広域で利用する方が日本には合っているし、補助金構造がなければ安価と言ってました。地方の一部自治体が自分達独自の発電システムを作って上手く行っている例もいろいろあるようです。

ノクスが着ている服なども滅亡前の既製品でいいだろうし、新たなデザインの新たな服が必要なら布地と仕立屋がいれば急がずともゆっくり生産させればいい。大概の事は工場設備のなかった幕末くらいの規模でできるのではないでしょうか?

「無限の停滞」社会は今までに一度として訪れなかったと言う意味では充分狂っています。
でも、まあ、やってみればいいんじゃないの?SFだから誰かが現実的にやったりはしないから成果は分からないけど。

  • 2017/12/24(日) 22:24:50 |
  • URL |
  • fjk78dead #-
  • [ 編集 ]

早速ご回答いただきましてありがとうございます。
でも、「「地価」という概念はなくなってる」くらいに「人がいっぱい死んで」しまっているのなら、「規模や種類を大きく」した「“工場”野菜」というものを、誰が誰のためにやろうとするのでしょうか(“工場”生産したら、到底採算が取れないように思われます)?
また、「原子力や火力などの大発電所より風力、太陽光などを広域で利用する方が日本には合っている」とのことですが、そこで言われている「日本」には、いったいどんな産業が営まれているのでしょう(現在の電源構成をみると、再生エネルギー等に依存している割合はせいぜい3%強に過ぎません)?
もともと、本作で描かれているノキアの生活水準は、とても「幕末くらいの規模」の生産構造では維持できないのではないでしょうか(本作で描かれているキュリオの生活水準なら、あるいは可能でしょう。でもそうだとしたら、本作の設定自体が無意味になってしまうのではないでしょうか?それに、時計の歯車を逆回転させようというのでしょうか?)?
さらに、「「無限の停滞」社会」について、「まあ、やってみればいいんじゃないの?」と述べておられます。確かに、本作はSFですからなんでもありで構わないわけながら、随分と現実離れしすぎていると思われ、それでクマネズミは、いくらSFにしても「設定そのものに疑問を感じたりしてしまい、余り乗り切れ」なかったわけです。

こんにちは

こんにちは。
キュリオとは、「骨董品」という意味の差別用語だったのですね…。なんかカタカナだとカッコ悪くないし、シャンプーとかのネーミングなら、ノクスよりキュリオの方がウケルような気がするのに。

  • 2017/12/25(月) 15:12:12 |
  • URL |
  • ここなつ #/qX1gsKM
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

こんちは、クマネズミさん。

> 誰が誰の為に

ノクス(コミューン)が自分達の生活の為に(自作自農の工業化というだけです)
基本的に今、ある物を変更したり、拡大したり、というのはそんなに難しくはないと思っています。


> 本作で描かれているノキアの生活水準

冷暖房、電気とプールはあるけど、それ以外はそんなに特別豊かな生活をおくっている気はしません。
プールなんて水さえあればできるだろうし、冷暖房も電気問題を解決できればどうにかなる。
社会構造が変わるほど大量に人が死んだ社会で原発や火力発電所みたいな一極集中型の発電所を運営管理するのは難しいのではないか? それなら再生可能エネルギーを使う方が現実的ではないか。風車も太陽光発電も一般化はしなかったが昔からあった物なので取り入れる事が難しいとは思わない。

  • 2017/12/25(月) 23:26:33 |
  • URL |
  • fjk78dead #-
  • [ 編集 ]

Re: こんにちは

こんちは、ここなつさん。

「キューティクル夫」みたいで、綺麗な黒髪になりそうです。「ノクス」は固める油っぽい感じ。

  • 2017/12/25(月) 23:28:30 |
  • URL |
  • fjk78dead #-
  • [ 編集 ]

再度のご回答、誠にありがとうございます。
「冷暖房、電気とプール」があり、さらに工業化された食料生産を行っているのであれば、「再生可能エネルギー」でまかない切れるとは思えませんが、そんな個別のことよりも、どうやら、本作では垣間見る程度しか描かれていないノクスの生活水準についての見方が、「ふじき78」さんとクマネズミとではまるで違っていることから、いろいろ見解が異なってくるようですね。クマネズミは、ノクスの生活水準は、現代よりも高度なものになっているはずとみなしているので、そしてそうでなければ本作の意味はないのではないかと考えるので、とても「ふじき78」さんのようには思えないのです。そして、そんな高度の生活水準を維持するには、本作で描かれているノクスのような酷く閉鎖的な共同体では難しいように思われて、本作には乗れませんでした。

  • 2017/12/26(火) 05:58:13 |
  • URL |
  • クマネズミ #-
  • [ 編集 ]

Re: タイトルなし

コンチハ、クマネズミさん。
うんつまり、私はノクスなんて全然優れた生活送ってると思えないし、優れた生活を送ってなくても「都会人(核家族):田舎の人(過疎集落)」という対比が出来るので別にかまわんという見方ですね。

ドイツでは再生可能エネルギーが25%を越え、他のどのエネルギーより使用率越えています。だから、再生可能エネルギーでは賄いきれないという事は言えないと思います。今の日本と落差があるので、すぐには実現できないだろうと言われればそうですが、一度世界が滅んだ後のエネルギー施策として、並列でじわじわ増やしていくというのは着実だと思います。

私、ノクスは文明化した血を吸わない吸血鬼と言うイメージが強いので、吸血鬼があまり汗水たらして労働しているというイメージが沸きづらいのです。だから、極力、今ある物を利用しながら都市で騙し騙し生活しているというイメージがぬけないのかもしれません。

  • 2017/12/27(水) 01:21:25 |
  • URL |
  • fjk78dead #-
  • [ 編集 ]

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://fjk78dead.blog.fc2.com/tb.php/5317-6fcf7553
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

「太陽」

縁あって、舞台挨拶付き完成披露試写会を観に行く機会を得た。そして、開演前に偶然かみきゅんと遭遇。最初かみきゅんだとわからなかった。何故ならめっちゃイケメンだったから。もちろんかみきゅんはまごう事無きイケメンなのだけれど、ちょっと個性的というか、憎み切れないいたずらっ子的な感じがスクリーンでのかみきゅんにはあるのに、実物は単なるイケメンだったから、コレびっくり!「単なるオヤジだった」という表現...

  • 2017/12/25(月)15:07:32 |
  • ここなつ映画レビュー