◆『ダンボ』目黒シネマ

▲この頭の良い象が「シーザー」と名付けられ、特殊な餌で人間以上の知能を、、、、、『猿の惑星』かよ! いやいや、声優にスタローンを起用して、、、、、『ダンボー』かよ!
五つ星評価で【★★★ティム・バートンらしいのが微笑ましい】
2019年、カラー、112分、初見。オリジナル未鑑賞。
オリジナルを見てないので、ダンボはデザインしか知らない。
「♪ 小鹿のダンボは可愛い~ね」って、いやいや、それはバンビだ。まあ、バンビも見てないんだけど。本当はね、リメイク、リビルドする時、古いの見れる機会作ってくれると嬉しい。でも、それはネットの仕事なんだろう。そういうのがあるのか、ないのか、私は基本、ネットでは映画見ない人だから無関係なのだ。
って事でオリジナルと比較は出来ないが、ティム・バートンの黒い部分がダンボの身体の影から滲み出てくるみたいなのは、自分の性格の悪さを自認しつつも面白かった。ただ、生粋のティム・バートン映画と違って多少、ファミリー映画として遠慮したのか、クライマックスに悪漢が死んだりはしない(社会的に「死んだ」ってのとは又、別)。
やっぱ生粋のバートン節だったら、ラストにあの悪漢は炎の建築物からやっと出てきて、これからも搾取を繰り返すぜニヤっと笑ったところを象(もしくは外の虐待動物)に炎の逆光の中、グチャグチャに踏み潰されるくらいはやったと思うのだ。
戦地から帰ってきた父ちゃんの左手がないのは象徴的。バートンが好きなフリークと言う意味合いより、単純にフロンティア魂が悪い意味で渦巻くアメリカでは片腕欠損者に普通の仕事が務まるというのは考えづらい。実際がどうであれ、多分にイメージしづらい。そして、彼が左腕をなくしたという事は彼の妻との婚約指輪を失ってしまったという象徴でもある。彼は偽の手を装着しながら子供達と新たな関係を築かなければならない。手塚治虫の『鉄の旋律』かよ。っつか、『寄生獣』のパラサイトを移植したら、サーカスでもいい見世物になるのではないか。大丈夫、食事についてはいらない人員いろいろいそうだから。
それにしても、バートンは基本、変わらない。これは大人の理屈ではなく、子供の理屈で作られた映画であると思う。子供がそれを望んでいるからと言って、それを阻む者の心情が悪に満ちているからと言って、劇場を燃やし、大多数の人々に迷惑をかけ、人の所有物である興行動物を強奪してよいのか。でも、バートンは「社会とかはどうでもよい。正しいと心が思った事は実行すべきなのだ」という考えだ。それはとっても「子供」。子供の理屈て作られた物語だから、やはり最後に悪い奴はズタボロに踏みつぶされてほしかった。子供ってそういうもんじゃん。
バットマンのマイケル・キートンとーペンギンのダニー・デヴィートが出てる。『バットマン リターンズ』では社会不安を撒き散らす化け物として街の自警団代表に粛清されたデヴィートだったが、今作では街の自警団代表が心のない存在であった事が分かり、デヴィートもまた子供に戻るのだ。ダニー・デヴィートもコリン・ファレルも子供に戻り、それ以外にも子供の俳優が二人いるので、ダンボ自身が醸し出す子供濃度が物凄く薄くなっている。多分、一番の問題はこれだろう。ダンボが「飛べる」という機能を持ってしまっているが故に、一番、構われなければいけない末っ子ポジションをキープできないのである。そうか、じゃあアレだな。コリン・ファレル同様、ダンボも戦場で足一本くらい落としてくればOKとか咄嗟に思い付いてしまった俺、最低。まあでも、割と母象とダンボの関係が単に母と子だから無条件に「好き好き」であるくらいにしか描かれない点にちょっと問題があるとは思う。おっ、俺、最低だけど論理的。
エヴァ・グリーンさんがなかなか綺麗。ダンボみたいにちょっと腹を蹴られたいと思った。おっ、俺、最低で論理的だけど変態。
「女の子が信じてくれたから、空だって 飛べるさ!」カリオストロかよ(いやいや、全く関係ない)。
船がダンボの故郷ではなく、あの島に付いてしまい、ネズミたちと共闘して白イタチを踏みつぶす『ダンボと愉快な仲間達』もみたいぞ。「尻尾を立てろー!」、、、、、、、、、、何じゃそりゃ、俺。
【銭】
二本立て一般入場料金1500円だが、ラスト一本割引で900円。同時上映の『メリー・ポピンズ リターンズ』も未見だったので見たかったが、時間が合わなかったので今回は見送った(次回がある気が全くもってない)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・ダンボ@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です(一部TBなし)。
・ダンボ@ノラネコの呑んで観るシネマ
・ダンボ@ここなつ映画レビュー
・ダンボ@いやいやえん