『サイダーのように言葉が湧き上がる』ユナイテッドシネマ豊洲11
- Date
- 2021/07/25/Sun 12:58
- Category
- 映画(FC2独自レビュー)
◆『サイダーのように言葉が湧き上がる』ユナイテッドシネマ豊洲11

▲老いも若きも男がわたせせいぞう感から大きく逸脱してるのだな。女性もわたせせいぞうの描く女性とはまた違うのだけど。わたせせいぞうの描く男女にあまり悩みはないと思うので、起用しなかったのは正しいだろう(ラッセンの描くイルカくらいには悩むかもしれない)。
五つ星評価で【★★★サイダーのようには】
大瀧詠一のレコード・ジャケットと言おうか、わたべせいぞうテイスト持ち込みと言おうか、スクリーン一面にパステルカラーが隙間がなく配色され、BGMともども「爽やか」を盛り上げる。そんな中でのボーイ・ミーツ・ガールである。男子はコミュ障っぽい。女子は外見にコンプレックスを持ってる。仮想世界で描かれるマンガ男女のこの夏一番の大勝負的でありながら、ライトな恋愛映画。色々な要素が取り込まれ、良くも悪くもそれらの要素が目まぐるしくバッティングしてる。
メインキャストは三人、少年、少女、老人。残りは物語の環境を整える為のモブ(群衆)と言っていい。
少年は非社交的で大勢を前に声を出せない。少女は自分の外見が嫌い。老人は人知れず煩悶や懊悩の中にいる。しかし、少年と少女はある意味、同じ病なのではないか。少年はあがる。声を出して人に言葉を聞いてもらう時、常の状態でいられない。それは何故かと言うと、大勢に対して、より自分が魅力あるように伝わらないかという意識があるからだ。そこは少女の歯列矯正に似ている。この声を出せないのが常態であるという状況と、中々話しかけられないという状況が合わさって、少年は少女に大事な事を隠してしまう。こんなん単にいかんだろう。確かにそれが青春だと言われれば凄く青春くさいエピソードではあるが、電話でもネットでも方法はある。伝えればいいじゃん。伝え方にこだわって「伝えない」という結論に陥ってしまうのは誠実ではない、青春的ではあるけど。なので、少女も落胆してしまう。その落胆は正しいと思う。
最終的にどうにか上手く行くのだけど、おまいらそんな綱渡りみたいなんでいいんかと思ってしまう。
ポップアートな映像や、凄くガシェットに拘った部屋の間取りや設定など、妙な所に気を使っていて、そういう見方をする人には面白いのかもしれない。私個人はこの映画は些末な二つの事からそんなに好きにはならなかった。
ヒロインであるスマイルの絵にそんなに可愛さを感じない。いや、そこは大事。マスクをしていても、マスクを外して歯列矯正器具が剥き出しに見えていても、歯列矯正器具の無い生の歯の状態でも、三様がそんなに変わらない。歯列矯正器具が付いている事は情報として分かるが、それが容貌を更に悪くしているとか、付けていない状態のスマイルのコンプレックスとか、説明はしてくれるが、絵や感情では観客に伝わらない。そこは伝えるように努力すべき。
そして、もう一つ。17際の彼のあだ名は「チェリー」。俳句をするような、多くの言葉とぶつかってる彼が「チェリー」の隠語的な意味を知らない訳がない(知らないとするのは無理がある)。一番多感な時期だから、彼自身が「チェリー(童貞)」であってもなくても(当然ないだろう)、こんなあだ名を付けられたら、俺、相手の奴をあだ名呼ばなくなるまで殴るね、恥ずかしいじゃん。
という二つの点でスタートラインからつまづいてしまったんで、ちょっと辛かった。
あと、エンドロールのラストにも注意書きが出てたけど公共の物にそれがとてもアート全開であってもラクガキしまくるガキは素巻きにして海に沈めろと思う。
サイダーのように湧き上がるのは言葉でなく、もっと別の物だった。自分の17の時は。今の若い人が言葉が湧き上がるなら、それはそれで「それはよかった」と思うけど。
「わはははははははは」
「さ、サイダーのように後鳥羽上皇が湧き上がっているうぅ!」
【銭】
ユナイテッドシネマ金曜メンバー価格1100円。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・サイダーのように言葉が湧き上がる@ぴあ映画生活

▲老いも若きも男がわたせせいぞう感から大きく逸脱してるのだな。女性もわたせせいぞうの描く女性とはまた違うのだけど。わたせせいぞうの描く男女にあまり悩みはないと思うので、起用しなかったのは正しいだろう(ラッセンの描くイルカくらいには悩むかもしれない)。
五つ星評価で【★★★サイダーのようには】
大瀧詠一のレコード・ジャケットと言おうか、わたべせいぞうテイスト持ち込みと言おうか、スクリーン一面にパステルカラーが隙間がなく配色され、BGMともども「爽やか」を盛り上げる。そんな中でのボーイ・ミーツ・ガールである。男子はコミュ障っぽい。女子は外見にコンプレックスを持ってる。仮想世界で描かれるマンガ男女のこの夏一番の大勝負的でありながら、ライトな恋愛映画。色々な要素が取り込まれ、良くも悪くもそれらの要素が目まぐるしくバッティングしてる。
メインキャストは三人、少年、少女、老人。残りは物語の環境を整える為のモブ(群衆)と言っていい。
少年は非社交的で大勢を前に声を出せない。少女は自分の外見が嫌い。老人は人知れず煩悶や懊悩の中にいる。しかし、少年と少女はある意味、同じ病なのではないか。少年はあがる。声を出して人に言葉を聞いてもらう時、常の状態でいられない。それは何故かと言うと、大勢に対して、より自分が魅力あるように伝わらないかという意識があるからだ。そこは少女の歯列矯正に似ている。この声を出せないのが常態であるという状況と、中々話しかけられないという状況が合わさって、少年は少女に大事な事を隠してしまう。こんなん単にいかんだろう。確かにそれが青春だと言われれば凄く青春くさいエピソードではあるが、電話でもネットでも方法はある。伝えればいいじゃん。伝え方にこだわって「伝えない」という結論に陥ってしまうのは誠実ではない、青春的ではあるけど。なので、少女も落胆してしまう。その落胆は正しいと思う。
最終的にどうにか上手く行くのだけど、おまいらそんな綱渡りみたいなんでいいんかと思ってしまう。
ポップアートな映像や、凄くガシェットに拘った部屋の間取りや設定など、妙な所に気を使っていて、そういう見方をする人には面白いのかもしれない。私個人はこの映画は些末な二つの事からそんなに好きにはならなかった。
ヒロインであるスマイルの絵にそんなに可愛さを感じない。いや、そこは大事。マスクをしていても、マスクを外して歯列矯正器具が剥き出しに見えていても、歯列矯正器具の無い生の歯の状態でも、三様がそんなに変わらない。歯列矯正器具が付いている事は情報として分かるが、それが容貌を更に悪くしているとか、付けていない状態のスマイルのコンプレックスとか、説明はしてくれるが、絵や感情では観客に伝わらない。そこは伝えるように努力すべき。
そして、もう一つ。17際の彼のあだ名は「チェリー」。俳句をするような、多くの言葉とぶつかってる彼が「チェリー」の隠語的な意味を知らない訳がない(知らないとするのは無理がある)。一番多感な時期だから、彼自身が「チェリー(童貞)」であってもなくても(当然ないだろう)、こんなあだ名を付けられたら、俺、相手の奴をあだ名呼ばなくなるまで殴るね、恥ずかしいじゃん。
という二つの点でスタートラインからつまづいてしまったんで、ちょっと辛かった。
あと、エンドロールのラストにも注意書きが出てたけど公共の物にそれがとてもアート全開であってもラクガキしまくるガキは素巻きにして海に沈めろと思う。
サイダーのように湧き上がるのは言葉でなく、もっと別の物だった。自分の17の時は。今の若い人が言葉が湧き上がるなら、それはそれで「それはよかった」と思うけど。
「わはははははははは」
「さ、サイダーのように後鳥羽上皇が湧き上がっているうぅ!」
【銭】
ユナイテッドシネマ金曜メンバー価格1100円。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・サイダーのように言葉が湧き上がる@ぴあ映画生活
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