『四谷怪談・お岩の亡霊』『妖怪大戦争〈1968年〉』『鯨神』『大江山酒天童子』角川シネマ有楽町
- Date
- 2021/08/22/Sun 22:40
- Category
- 映画(FC2独自レビュー)
特集「妖怪特撮映画祭」から4プログラム。
◆『四谷怪談・お岩の亡霊』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★伊右衛門が冷酷無比】
1976年、カラー、93分、初見、森一夫森一生監督作品。
お岩様があまり美しくも怖くもなく、なので、フォーカスがどうしても佐藤慶に行ってしまう。武家娘のお岩様は妹が町娘風にチャキチャキになってという対比上、奥ゆかしくおとなしめに描かれる事が多いが、それは何も魅力を表に出さないという事ではない。通常「四谷怪談」はこのお岩様の良き頃と死後の対比がキツければキツいほど、ドラマとして濃ゆくなると思ってるが、この映画はそこがおざなりである。で、そのお岩様を端からどうにも思ってない風の佐藤慶。佐藤慶は佐藤慶なので、いつも通り人間的な感情を持ってるようには見えず、ただ、冷酷に自分の利のままに動く。極めて昆虫的な伊右衛門である。何故、この夫婦が成り立つのかもよく分からない。映画は主家が断絶して没落して以後から始まるが、その前の幸せだった時代が映されていたとしても、夫婦の外壁である岩の父や妹は幸せかもしれないが、伊右衛門と岩は幸せだったかどうかは分からない。そういう意味では怪談というより不条理劇なのかもしれない。
仲代達矢が演じる「四谷怪談」でも伊右衛門はクズだったが、クズはクズなりに喜怒哀楽があった。そこにちょっとだけ伊右衛門が感じる本来の「四谷怪談」ならではの恐怖があった気がするが、佐藤慶は昆虫なので生きようが死のうが、そこに感情はない。佐藤慶はどちらかと言うと恐怖を与える役者であり、伊右衛門としての極悪非道ぶりは良いけれど、その後、攻守入れ代わって恐怖を受ける芝居には向かない。
小林昭二が身分違いの岩の妹を金にあかして寝たくて寝たくてたまらないクズの役。身分制がない現代なら、ちょっとアグレッシブなホリエモンみたいに肯定的に捉えられそうだが、時代劇としては軽蔑を一身に受けてしまうあまり美味しくない役。この役、『柔道一直線』の師範役、高松英郎も演じてた。何かそういう意味では主役の脇で主役になれない俳優の業を晴らすような役なのかもしれない。この小林昭二と『仮面ライダー』の小林昭二の中身が入れ替わったら、ライダーガールをとっかぇひっかえ、あああ、俺はそういう方が見たい人だ(クズいのう)。
◆『妖怪大戦争〈1968年〉』角川シネマ有楽町

▲ガメラと日本の妖怪も戦ってほしい。
五つ星評価で【★★★★★いやあ面白い】
1968年、カラー、79分、体感的には初3回目か4回目、黒田義之監督作品。
これは何だ。改めて凄く面白い映画だ。CGなどない時代の、夏休みの工作的な手作り感がビンビンくるが、実は妖怪の造形にはそういう不揃いな感じの方が合っている。CGで全く同じ動きをする狸の群れとか実に妖怪らしくない。凄く不敵な笑顔で首を伸ばすが、攻撃力はそんなにない轆轤っ首のお姉さんとかキャラ立ってるなあ。
ダイモンはバビロニアの吸血妖怪で4000年の眠りから覚めたという設定。いいよ、強いよ、こいつ。しかも「郷に入れば郷に従え」で、和装も似合ってるよ。『エクソシスト』の悪魔パズズはアッシリア・バビロニアで崇拝されていたというので、この両者が取り違えて来日来米して逆の相手に対峙していたらなどと夢想してしまう。普通に考えてメリル神父とカラス神父二人ではダイモンには勝てまい。そうすると、インディアン(ネイティブ・アメリカン)の呪術師に妖怪を呼んでもらったり、海を渡ってドラキュラや首なし騎士が加勢に来たり、ちょっとワクワクする。パズズと妖怪はどうか? いや、修験者様だけで済んでしまいそうだよなあ。
◆『鯨神』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★★”じゅん”っとしない】
1962年、白黒、100分、初見、田中徳三監督作品。
宇野鴻一郎がエロ小説で稼ぐ前の純文学作品が原作。時代的にはカラーと白黒の狭間の時期であり、田中徳三はこの2年前に絢爛豪華なカラーで『大江山酒天童子』を撮っているが、これは冒頭、漁師の男達の陽に焼けた肌が黒くて空や浜の白とのエゲツないコントラストが活きてて、凄く良い。そして、ふんどし男だらけだ。ホモ映画かよ。スクリーンに映える人の身体から美しさや貧乏や感情が匂い立つようだ。
主役は本郷功次郎、鯨に爺さん、父さん、兄さんを殺され仇を討つ男。この祖父、父、兄の鯨神との戦いは冒頭三連続で描写される。おまいらバカじゃなかと。そのまま、何も変わらず力押しで行って、力押しで負けてる。この浜から逃げた漁師が「あの村の者はみなキチガイだ」と言うのも分かる。憎い鯨神を倒さない事には村として先に進めないというのは分からなくもないが、その為の下準備は単に「気合い・気迫」だけである。それは日本が戦争に負けた奴だろ。この映画の本郷功次郎はちょっとムチムチしてる感はあるものの岡田准一に似てると思う。他の映画では全然、似てない。
対抗は勝新太郎。本郷功次郎のいい人ラインの反対で、勝新太郎はクズ。酒とケンカに明け暮れて、そして女は犯す。女を犯すのはともかく、それ以外では流れの銛討ちというだけで、そんなに疎まれる謂れはないのだが、鼻つまみ者扱いされている。実力はあるけど粗暴で嫌われ者って役は勝新太郎に合う。この勝新太郎と本郷功次郎は裏と表で、それぞれ足りない部分を補いあい、二人合わせて完全な人間になる。いがみ合っているようで二人合わせて鯨神を倒し、二人合わせて子供を作って育てる関係になる。
藤村志保は村の娘で本郷功次郎が好きで、鯨神を討った男の報酬に村長娘との婚儀が上がると、一人だけ少女マンガテイストで胸を痛めるのだが、そうこうしてるうちに勝新太郎に犯されてしまう。おいおいおいおい。超可哀想。
江波杏子は村長の娘。超上から目線。こういう女優は今、日本にいない(お蝶夫人つーか緑川蘭子的/じゃあ藤村志保は岡ひろみかって言うと位置的にはそう。あー、岡ひろみを犯したい/いや、そうだけどそうじゃなくって)。
志村喬は村長。年を取ってそこそこ地位もある役なので『七人の侍』の人徳者や『ゴジラ』の知恵のある者などを思い浮かべさせるのだが、見てるうちに凄くゴリゴリの暴力的な権力だけ持ってる役である事が分かって苦笑してしまった。そら、志村喬がそういう脳筋な役をやっちゃいかんという法はない。
鯨神は一分の一サイズらしいのだけどあまり大きく見えない。撮り方の問題だろうか。原寸大だからこそリアルに身体全体が海に浮かんだりせず、常に部分しか見えないのだが、その部分が全体の大きさを予測させるような見せ方になっていなかったのがおそらく問題なのだろう。残念。スチールはいい所を抑えていて妙にデカく見える。
冒頭から荒れ狂う伊福部昭のメロディーが映画をとても変にしてる。
漁師の踊りが南海の黒人踊りっぽい気がするのは伊福部メロディーだからだろう。ウホウホ。
最後、本郷功次郎が「俺は鯨神になる」と言って、幻想の鯨神になって終わるが、この辺が純文学的。どんなに現世で悪でも、討伐して「仏」にしてしまえば、神として崇める一族なのだものな、日本人は。
オマケ:彼ったら私に太い銛を打ち込んできたんです。それも前の彼がまだ抜かないうちになんです。とても乱暴だと思ったけど、その時、私の体の奥から“じゅん”って音が聞こえたんです。
◆『大江山酒天童子』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★つまり対立構造がおかしい】
1960年、カラー、114分、二回目、田中徳三監督作品。
牛がちょっと『ジャッリカットゥ』っぽい。牛自身にやる気がないとこも含めて。
しかし、話がどうも釈然としないのは、市川雷蔵も長谷川一夫もちゃんと立派な人間であるのに、環境が悪いと争わなければいけない状況に追い込まれ、最終的には解決した振りだけしていて、事態は何も解決していないのではないか。
土蜘蛛や鬼はよく出来てる。
中村珠緒がまだ可愛い女の子である。
鬼屋敷の美術が真っ黒の内掛け(屏風かもしれん)とかなかなかアバンギャルド。
【銭】
『四谷怪談・お岩の亡霊』『妖怪大戦争〈1968年〉』はテアトル会員割引+曜日割引で各1100円+会員証紛失再発行費用で+1000円。
『鯨神』『大江山酒天童子』はテアトル会員割引で1300円。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・四谷怪談・お岩の亡霊@ぴあ映画生活
・妖怪大戦争〈1968年〉@ぴあ映画生活
・鯨神@ぴあ映画生活
・大江山酒天童子@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です(一部TBなし)。
・妖怪大戦争〈1968年〉@徒然なるままに
▼関連記事。
・大江山酒天童子(1回目)@死屍累々映画日記・第二章
・大江山酒天童子(2回目)@死屍累々映画日記・第二章
◆『四谷怪談・お岩の亡霊』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★伊右衛門が冷酷無比】
1976年、カラー、93分、初見、
お岩様があまり美しくも怖くもなく、なので、フォーカスがどうしても佐藤慶に行ってしまう。武家娘のお岩様は妹が町娘風にチャキチャキになってという対比上、奥ゆかしくおとなしめに描かれる事が多いが、それは何も魅力を表に出さないという事ではない。通常「四谷怪談」はこのお岩様の良き頃と死後の対比がキツければキツいほど、ドラマとして濃ゆくなると思ってるが、この映画はそこがおざなりである。で、そのお岩様を端からどうにも思ってない風の佐藤慶。佐藤慶は佐藤慶なので、いつも通り人間的な感情を持ってるようには見えず、ただ、冷酷に自分の利のままに動く。極めて昆虫的な伊右衛門である。何故、この夫婦が成り立つのかもよく分からない。映画は主家が断絶して没落して以後から始まるが、その前の幸せだった時代が映されていたとしても、夫婦の外壁である岩の父や妹は幸せかもしれないが、伊右衛門と岩は幸せだったかどうかは分からない。そういう意味では怪談というより不条理劇なのかもしれない。
仲代達矢が演じる「四谷怪談」でも伊右衛門はクズだったが、クズはクズなりに喜怒哀楽があった。そこにちょっとだけ伊右衛門が感じる本来の「四谷怪談」ならではの恐怖があった気がするが、佐藤慶は昆虫なので生きようが死のうが、そこに感情はない。佐藤慶はどちらかと言うと恐怖を与える役者であり、伊右衛門としての極悪非道ぶりは良いけれど、その後、攻守入れ代わって恐怖を受ける芝居には向かない。
小林昭二が身分違いの岩の妹を金にあかして寝たくて寝たくてたまらないクズの役。身分制がない現代なら、ちょっとアグレッシブなホリエモンみたいに肯定的に捉えられそうだが、時代劇としては軽蔑を一身に受けてしまうあまり美味しくない役。この役、『柔道一直線』の師範役、高松英郎も演じてた。何かそういう意味では主役の脇で主役になれない俳優の業を晴らすような役なのかもしれない。この小林昭二と『仮面ライダー』の小林昭二の中身が入れ替わったら、ライダーガールをとっかぇひっかえ、あああ、俺はそういう方が見たい人だ(クズいのう)。
◆『妖怪大戦争〈1968年〉』角川シネマ有楽町

▲ガメラと日本の妖怪も戦ってほしい。
五つ星評価で【★★★★★いやあ面白い】
1968年、カラー、79分、体感的には初3回目か4回目、黒田義之監督作品。
これは何だ。改めて凄く面白い映画だ。CGなどない時代の、夏休みの工作的な手作り感がビンビンくるが、実は妖怪の造形にはそういう不揃いな感じの方が合っている。CGで全く同じ動きをする狸の群れとか実に妖怪らしくない。凄く不敵な笑顔で首を伸ばすが、攻撃力はそんなにない轆轤っ首のお姉さんとかキャラ立ってるなあ。
ダイモンはバビロニアの吸血妖怪で4000年の眠りから覚めたという設定。いいよ、強いよ、こいつ。しかも「郷に入れば郷に従え」で、和装も似合ってるよ。『エクソシスト』の悪魔パズズはアッシリア・バビロニアで崇拝されていたというので、この両者が取り違えて来日来米して逆の相手に対峙していたらなどと夢想してしまう。普通に考えてメリル神父とカラス神父二人ではダイモンには勝てまい。そうすると、インディアン(ネイティブ・アメリカン)の呪術師に妖怪を呼んでもらったり、海を渡ってドラキュラや首なし騎士が加勢に来たり、ちょっとワクワクする。パズズと妖怪はどうか? いや、修験者様だけで済んでしまいそうだよなあ。
◆『鯨神』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★★”じゅん”っとしない】
1962年、白黒、100分、初見、田中徳三監督作品。
宇野鴻一郎がエロ小説で稼ぐ前の純文学作品が原作。時代的にはカラーと白黒の狭間の時期であり、田中徳三はこの2年前に絢爛豪華なカラーで『大江山酒天童子』を撮っているが、これは冒頭、漁師の男達の陽に焼けた肌が黒くて空や浜の白とのエゲツないコントラストが活きてて、凄く良い。そして、ふんどし男だらけだ。ホモ映画かよ。スクリーンに映える人の身体から美しさや貧乏や感情が匂い立つようだ。
主役は本郷功次郎、鯨に爺さん、父さん、兄さんを殺され仇を討つ男。この祖父、父、兄の鯨神との戦いは冒頭三連続で描写される。おまいらバカじゃなかと。そのまま、何も変わらず力押しで行って、力押しで負けてる。この浜から逃げた漁師が「あの村の者はみなキチガイだ」と言うのも分かる。憎い鯨神を倒さない事には村として先に進めないというのは分からなくもないが、その為の下準備は単に「気合い・気迫」だけである。それは日本が戦争に負けた奴だろ。この映画の本郷功次郎はちょっとムチムチしてる感はあるものの岡田准一に似てると思う。他の映画では全然、似てない。
対抗は勝新太郎。本郷功次郎のいい人ラインの反対で、勝新太郎はクズ。酒とケンカに明け暮れて、そして女は犯す。女を犯すのはともかく、それ以外では流れの銛討ちというだけで、そんなに疎まれる謂れはないのだが、鼻つまみ者扱いされている。実力はあるけど粗暴で嫌われ者って役は勝新太郎に合う。この勝新太郎と本郷功次郎は裏と表で、それぞれ足りない部分を補いあい、二人合わせて完全な人間になる。いがみ合っているようで二人合わせて鯨神を倒し、二人合わせて子供を作って育てる関係になる。
藤村志保は村の娘で本郷功次郎が好きで、鯨神を討った男の報酬に村長娘との婚儀が上がると、一人だけ少女マンガテイストで胸を痛めるのだが、そうこうしてるうちに勝新太郎に犯されてしまう。おいおいおいおい。超可哀想。
江波杏子は村長の娘。超上から目線。こういう女優は今、日本にいない(お蝶夫人つーか緑川蘭子的/じゃあ藤村志保は岡ひろみかって言うと位置的にはそう。あー、岡ひろみを犯したい/いや、そうだけどそうじゃなくって)。
志村喬は村長。年を取ってそこそこ地位もある役なので『七人の侍』の人徳者や『ゴジラ』の知恵のある者などを思い浮かべさせるのだが、見てるうちに凄くゴリゴリの暴力的な権力だけ持ってる役である事が分かって苦笑してしまった。そら、志村喬がそういう脳筋な役をやっちゃいかんという法はない。
鯨神は一分の一サイズらしいのだけどあまり大きく見えない。撮り方の問題だろうか。原寸大だからこそリアルに身体全体が海に浮かんだりせず、常に部分しか見えないのだが、その部分が全体の大きさを予測させるような見せ方になっていなかったのがおそらく問題なのだろう。残念。スチールはいい所を抑えていて妙にデカく見える。
冒頭から荒れ狂う伊福部昭のメロディーが映画をとても変にしてる。
漁師の踊りが南海の黒人踊りっぽい気がするのは伊福部メロディーだからだろう。ウホウホ。
最後、本郷功次郎が「俺は鯨神になる」と言って、幻想の鯨神になって終わるが、この辺が純文学的。どんなに現世で悪でも、討伐して「仏」にしてしまえば、神として崇める一族なのだものな、日本人は。
オマケ:彼ったら私に太い銛を打ち込んできたんです。それも前の彼がまだ抜かないうちになんです。とても乱暴だと思ったけど、その時、私の体の奥から“じゅん”って音が聞こえたんです。
◆『大江山酒天童子』角川シネマ有楽町
五つ星評価で【★★つまり対立構造がおかしい】
1960年、カラー、114分、二回目、田中徳三監督作品。
牛がちょっと『ジャッリカットゥ』っぽい。牛自身にやる気がないとこも含めて。
しかし、話がどうも釈然としないのは、市川雷蔵も長谷川一夫もちゃんと立派な人間であるのに、環境が悪いと争わなければいけない状況に追い込まれ、最終的には解決した振りだけしていて、事態は何も解決していないのではないか。
土蜘蛛や鬼はよく出来てる。
中村珠緒がまだ可愛い女の子である。
鬼屋敷の美術が真っ黒の内掛け(屏風かもしれん)とかなかなかアバンギャルド。
【銭】
『四谷怪談・お岩の亡霊』『妖怪大戦争〈1968年〉』はテアトル会員割引+曜日割引で各1100円+会員証紛失再発行費用で+1000円。
『鯨神』『大江山酒天童子』はテアトル会員割引で1300円。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・四谷怪談・お岩の亡霊@ぴあ映画生活
・妖怪大戦争〈1968年〉@ぴあ映画生活
・鯨神@ぴあ映画生活
・大江山酒天童子@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です(一部TBなし)。
・妖怪大戦争〈1968年〉@徒然なるままに
▼関連記事。
・大江山酒天童子(1回目)@死屍累々映画日記・第二章
・大江山酒天童子(2回目)@死屍累々映画日記・第二章
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