『君たちはどう生きるか』ユナイテッドシネマ豊洲1(ネタバレ)
- Date
- 2023/07/16/Sun 12:09
- Category
- 映画(FC2独自レビュー)
◆『君たちはどう生きるか』ユナイテッドシネマ豊洲1(ネタバレ)

▲アオサギ(真っ青になるような嘘)。
※ 記事内にネタバレを含みます。ネタバレなしで書けるか! あんなもん
五つ星評価で【★★★よー分からんが親子喧嘩じゃないの?】
宮崎駿監督本人が「分からん」と言ってるらしいので、俺が分かる訳がない。でも、こんなんじゃないというのをぶつけてみるよ。
主な登場人物:主人公=マヒト(眞人)、父、大叔父、母=ヒサコ(別世界での若いヒミ)、義母=ナツコ(ヒサコの妹)、七人の女中・うち一人キリコ(別世界での若いキリコ)、アオサギ、ペリカン、インコ、生を待つ魂。
物語世界の構造としては現実世界、塔の中、塔の深層部の三界に大きく分かれる。
塔は宇宙から落ちてきたと言われている。ある日、人は神様を拾ったというエヴァンゲリオンみたいなものか。それが何であれ、塔の中は現実世界のルールを越える。ペリカンが言うように、呼ばれたり、役を担ったり、塔には塔の意識を担う者がいる。
現実世界から塔に入るには、塔に対するスピリチュアルな理由があり(そこにいると言われる母への対面など)、内部から呼ばれる場合を除き、自由には入れない。塔の外に出る場合、内部の魔術的な束縛(そこに呼ばれた理由)が解かれるので、鳥は等しく知性を持たない鳥に戻る。但し、アオサギのみはおそらく「嘘」が具現化した存在であるので、世界の外では形を失うがなくなりはしない。「嘘」の対立概念が「眞(マコト)」なので、「眞の人」である「眞人(マヒト)」とアオサギはお互いを補完しあい、仲が良い。この嘘は眞人が父に傷の理由を転んだと言った事から始まってるのではないか? 父には嘘であるアオサギの姿は見えない。また、「嘘」であるアオサギは塔と親和性が高い。塔自身が現実世界とは異なる嘘の世界だからだ。
眞人は現実世界で実の母を失う。眞人は母性を求める。眞人は現実世界で第二の母を得るが、それは父の物なので眞人の欲する母性を持たない。現実世界にいるのは「母」ではなく、「母」の役割の「女」であり、眞人がメチャクチャ甘えられる対象ではない。義母ナツコの周りに七人の老婆がお世話をしているのはいずれ迎えに来る王子(=父)を出迎える白雪姫を模しているように思う。「従者」や「婆」は助けられる存在ではあっても「母」とは違う。しかし、「母」を亡くし、「父」と折り合いが悪く、「父」の近くの「女」に無条件に「母」のように甘えることもできない、そして、異界の果てに「母」を求めに行き、その異界の果てで「母」の代わりに「母の分身」である存在や「恋人」と出会う、エヴァンゲリオンみてーだなー。異界の果てで会った「ヒミ(=ヒサコ≒非ミサト→飛鳥≒アスカ)」に主人公の「マヒト(=眞人≒シンジ)」は「気持ち悪い」とか言われてほしいが、本当の現実世界のように人は人を根拠なく突飛に傷つけないので、と言うより「自分は世界から好かれているに違いない」というこれも根拠のない夢想から、宮崎駿御大はそこまで悲観主義者な展開に踏み込めないよう感じる。
「母」を求めて、塔の中枢部に行けば、そこに大叔父がいて、彼はこの塔の異界を作っているし、制御しているのだと言う。何故、彼が塔の異界を作っているのかは明確にはならない。物語の構造的には、彼の制御する世界では死を越えられるので、彼もまた、亡くしたくなかった誰かを蘇らせていたのかもしれない。でも多分、彼が蘇らせた者は彼の内なる死者の記憶であって、能動的な他者ではなかったのかもしれない。だから、彼は一人でいる。
大叔父はこの世界の継投を眞人にさせたがっている。ではこの塔の世界とは何なのか。
塔の役割は精子のようなホワホワを中空に放出する事。ただ、それだけではないか。そのホワホワを食わせる為にコウノトリを連れてきている。あのホワホワが別の世界で命になるらしい。塔がチンコならホワホワはまんま精子だが、それで外界全ての生命を生み出してるとも考えづらい。もっと雑に「生命(=アニマ≒アニメ)」じゃないだろうか。あのホワホワはアニメを作るためのアイデアであり、不完全だったり、生命力がないアイデアはコウノトリに食われる。ざっくり大叔父が宮崎駿御大で、眞人が宮崎吾朗で、駿氏は吾朗氏に莫大なるアニメのアイデアや技術を継がせたがっている。だけど、継投しない。多分、正確には親の望むような形で、親の望むような操り人形になって継投する事をよしとしない、という物別れだと思う。宮崎吾朗は『アーヤと魔女』で養父母をしゃぶりつくすような強固な非共感キャラクター「アーヤ」を主人公とした失敗作を作った。気持ち悪い話であるが、あれなんか宮崎駿の子供である宮崎吾朗が、こういう物を作らざるを得ないほど宮崎駿と言う親に不信感を抱いているという悲鳴に思えてならなかった。なので、駿は吾朗に「継投はしてほしかった。でも、それがお前を苦しめるのならあきらめる」と告げ、最後にどんな道を歩むにしても「友を作れ」と伝えている。私にはそう感じた。アニメ映画を作りながら返歌にするような「本当かよ」みたいな親子喧嘩だが、もうこういう作品を作って見てもらう事くらいでしか意見の交流が出来ないのならしょうがない。「作品」であるなら、クリエイターなり、ジブリ関係者として宮崎吾朗氏もイヤだとしても目を通さない訳にはいかないだろう。それに付き合わされる日本国民もどうなのよと思わなくもないが。
だから「君たち」の「たち」はよく分からないが「君」は「宮崎吾朗」なのではないかと私は思う。んー、みんな仲良くしろよ。
【銭】
金曜メンバーズデーでユナイテッドシネマは1100円。
▼作品の概要はこの辺り見てください。
・君たちはどう生きるか@映画.com
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です
・君たちはどう生きるか@ノラネコの呑んで観るシネマ
▼関連記事。
・劇場版 アーヤと魔女@死屍累々映画日記・第二章

▲アオサギ(真っ青になるような嘘)。
※ 記事内にネタバレを含みます。ネタバレなしで書けるか! あんなもん
五つ星評価で【★★★よー分からんが親子喧嘩じゃないの?】
宮崎駿監督本人が「分からん」と言ってるらしいので、俺が分かる訳がない。でも、こんなんじゃないというのをぶつけてみるよ。
主な登場人物:主人公=マヒト(眞人)、父、大叔父、母=ヒサコ(別世界での若いヒミ)、義母=ナツコ(ヒサコの妹)、七人の女中・うち一人キリコ(別世界での若いキリコ)、アオサギ、ペリカン、インコ、生を待つ魂。
物語世界の構造としては現実世界、塔の中、塔の深層部の三界に大きく分かれる。
塔は宇宙から落ちてきたと言われている。ある日、人は神様を拾ったというエヴァンゲリオンみたいなものか。それが何であれ、塔の中は現実世界のルールを越える。ペリカンが言うように、呼ばれたり、役を担ったり、塔には塔の意識を担う者がいる。
現実世界から塔に入るには、塔に対するスピリチュアルな理由があり(そこにいると言われる母への対面など)、内部から呼ばれる場合を除き、自由には入れない。塔の外に出る場合、内部の魔術的な束縛(そこに呼ばれた理由)が解かれるので、鳥は等しく知性を持たない鳥に戻る。但し、アオサギのみはおそらく「嘘」が具現化した存在であるので、世界の外では形を失うがなくなりはしない。「嘘」の対立概念が「眞(マコト)」なので、「眞の人」である「眞人(マヒト)」とアオサギはお互いを補完しあい、仲が良い。この嘘は眞人が父に傷の理由を転んだと言った事から始まってるのではないか? 父には嘘であるアオサギの姿は見えない。また、「嘘」であるアオサギは塔と親和性が高い。塔自身が現実世界とは異なる嘘の世界だからだ。
眞人は現実世界で実の母を失う。眞人は母性を求める。眞人は現実世界で第二の母を得るが、それは父の物なので眞人の欲する母性を持たない。現実世界にいるのは「母」ではなく、「母」の役割の「女」であり、眞人がメチャクチャ甘えられる対象ではない。義母ナツコの周りに七人の老婆がお世話をしているのはいずれ迎えに来る王子(=父)を出迎える白雪姫を模しているように思う。「従者」や「婆」は助けられる存在ではあっても「母」とは違う。しかし、「母」を亡くし、「父」と折り合いが悪く、「父」の近くの「女」に無条件に「母」のように甘えることもできない、そして、異界の果てに「母」を求めに行き、その異界の果てで「母」の代わりに「母の分身」である存在や「恋人」と出会う、エヴァンゲリオンみてーだなー。異界の果てで会った「ヒミ(=ヒサコ≒非ミサト→飛鳥≒アスカ)」に主人公の「マヒト(=眞人≒シンジ)」は「気持ち悪い」とか言われてほしいが、本当の現実世界のように人は人を根拠なく突飛に傷つけないので、と言うより「自分は世界から好かれているに違いない」というこれも根拠のない夢想から、宮崎駿御大はそこまで悲観主義者な展開に踏み込めないよう感じる。
「母」を求めて、塔の中枢部に行けば、そこに大叔父がいて、彼はこの塔の異界を作っているし、制御しているのだと言う。何故、彼が塔の異界を作っているのかは明確にはならない。物語の構造的には、彼の制御する世界では死を越えられるので、彼もまた、亡くしたくなかった誰かを蘇らせていたのかもしれない。でも多分、彼が蘇らせた者は彼の内なる死者の記憶であって、能動的な他者ではなかったのかもしれない。だから、彼は一人でいる。
大叔父はこの世界の継投を眞人にさせたがっている。ではこの塔の世界とは何なのか。
塔の役割は精子のようなホワホワを中空に放出する事。ただ、それだけではないか。そのホワホワを食わせる為にコウノトリを連れてきている。あのホワホワが別の世界で命になるらしい。塔がチンコならホワホワはまんま精子だが、それで外界全ての生命を生み出してるとも考えづらい。もっと雑に「生命(=アニマ≒アニメ)」じゃないだろうか。あのホワホワはアニメを作るためのアイデアであり、不完全だったり、生命力がないアイデアはコウノトリに食われる。ざっくり大叔父が宮崎駿御大で、眞人が宮崎吾朗で、駿氏は吾朗氏に莫大なるアニメのアイデアや技術を継がせたがっている。だけど、継投しない。多分、正確には親の望むような形で、親の望むような操り人形になって継投する事をよしとしない、という物別れだと思う。宮崎吾朗は『アーヤと魔女』で養父母をしゃぶりつくすような強固な非共感キャラクター「アーヤ」を主人公とした失敗作を作った。気持ち悪い話であるが、あれなんか宮崎駿の子供である宮崎吾朗が、こういう物を作らざるを得ないほど宮崎駿と言う親に不信感を抱いているという悲鳴に思えてならなかった。なので、駿は吾朗に「継投はしてほしかった。でも、それがお前を苦しめるのならあきらめる」と告げ、最後にどんな道を歩むにしても「友を作れ」と伝えている。私にはそう感じた。アニメ映画を作りながら返歌にするような「本当かよ」みたいな親子喧嘩だが、もうこういう作品を作って見てもらう事くらいでしか意見の交流が出来ないのならしょうがない。「作品」であるなら、クリエイターなり、ジブリ関係者として宮崎吾朗氏もイヤだとしても目を通さない訳にはいかないだろう。それに付き合わされる日本国民もどうなのよと思わなくもないが。
だから「君たち」の「たち」はよく分からないが「君」は「宮崎吾朗」なのではないかと私は思う。んー、みんな仲良くしろよ。
【銭】
金曜メンバーズデーでユナイテッドシネマは1100円。
▼作品の概要はこの辺り見てください。
・君たちはどう生きるか@映画.com
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です
・君たちはどう生きるか@ノラネコの呑んで観るシネマ
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・劇場版 アーヤと魔女@死屍累々映画日記・第二章
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